第24話 お灸据えと試験の一石二鳥
セシリアからすれば、ここで追う必要性を感じない。
今彼女を追い詰めたところで、意趣返し以上のメリットは無い。
そして意趣返しは、もう先程ので済んでいる。
ならば理由もなく深追いする面倒を犯す必要も無い。
しかしその一方で、セシリアはダリアに対しこう思っていた。
(なるほど、流石はあのレレナ様が公爵家の次期夫人の地位に付く事を許容した人材だ)
と。
『社交界』とは、見栄や感情を横に置いてでも、貴族家としてのブラントイメージと自領の利益を得ることが最重要事項な場所だ。
だから見栄を張る為だけの無駄な誇張や嘘は、この場では最も邪魔になる。
時にはハッタリだって必要だがそれ以上に信用が第一の世界、それが『社交界』なのである。
そしてきっと彼女は、それを正しく理解している。
だからこの揺さぶりにも全く尻尾を出さない。
そして、それは同時に彼女がきちんと自制できる人間である事の証明だ。
殊社交において、こういう人間は間違いなく強い。
セシリアはダリアをそんな風に評価した。
そして自らの脳内をまた更新する。
すると、ダリアが顎に手を当てて納得した様に頷いた。
「……どうやら本当に、レレナ様の言う通りのようですね」
その呟きは一体どういう意味なのか、ダリアはそれを口にはしなかった。
しかし彼女が浮かべた微笑の下に、彼女の思慮深さが垣間見える。
それだけで、彼女の思考には大方の想像が付いた。
そして、興味を抱く。
(彼女は一体、どの程度の社交力を持っているんだろう)
彼女の技量は、確かに高い、
クレアリンゼやレレナには届かないにしても、今までセシリアが出会ってきた人を全てかき集めても、その次点には間違いなく食い込む。
それほどまでに、セシリアが相手の感情を想像で補完するしかないこの現状は珍しい。
しかし、ならばその最大値はどのあたりなのか。
それを、セシリアは知りたくなってしまったのだ。
元々知識欲や好奇心に対しては素直すぎるくらいに素直な人間、それがセシリアだ。
そしてその本質は、たとえ社交場だとしても変わりはしない。
それでも、たとえば自領や家の弊害にしかならない事ならば、決してやったりはしないのだが。
(元々最初から、『仕掛ける』予定ではいたしね)
セシリアはそう、独り言ちる。
セシリアには、この社交で『すべき事』をいくつか自分に課していた。
一つ目は、社交の経験を積む事。
二つ目は、周りに顔を売る事。
三つ目は、クラウンとの件で相手との間に折り合いをつける事。
そして相手が『実力行使』に出てきた場合は、それに対処する事。
そして四つ目が、クラウンとの件の元凶となった『ヴォルド公爵家・エドガー』に、相応のしっぺがえしを喰らわせること。
その機会をやっと得たのだ、この時を逃す手は無い。
だからセシリアは、ダリアへの一種のテストも兼ねて、事を遂に実行へと移す。
「ダリア様、私ずっとダリア様にお聞きしたい事があったのですが……」
「あら、何かしら」
セシリアの言葉に、ダリアは微笑みながらそう応じた。
それと同時に、彼女の警戒心が跳ね上がったのをセシリアは確かに感じた。
その警戒心は、正しくて間違っている。
だってセシリアの『仕掛け』は確かに存在するが、その矛先は、厳密に言えば彼女を向いてはいないのだから。
「私はずっと、ダリア様とエドガー様の馴れ初めについてお聞きしてみたかったのです」
セシリアはそこまで言うと、未来に憧れる少女の顔を作ってからこう言葉を続ける。
「ダリア様がパーティー会場でエドガー様にぶつかってしまい、エドガー様の持っていた飲み物がドレスに掛かってしまった事が縁なのですよね?」
これは、当時の数多くの目撃者の内の1人だったキリルから聞いた事であるため間違いない。
そして。
「先日の私と偶然にも状況が似ていたので、ずっと気になっていたのです!」
これが偶然でない事は、よく知っている。
他でもないゼルゼンが『クラウンに要らぬ知恵を吹き込んだのはエドガーだ』と言ったのだ。
そこを疑う余地は、少なくともセシリアの中には存在しない。
「私とは違い、ダリア様はドレス汚れたドレスをエドガー様のご好意で個室にて着替えたのですよね?」
そう言って、社交の仮面の裏側でセシリアはほくそ笑む。
これは、先日兄姉達と共に誓った『お灸を据える』儀式である。
そしてレレナが自分を取り巻く現状を、一体どの程度把握していて、掌握しているのか。
また、掌握できるのか。
そういう試験でもある。
「そしてそれ以降、ダリア様がエドガー様へと猛烈なアプローチを行い婚約関係を結ばれた。そう、お聞きしています」
その言葉を聞いたダリアが心に僅かな揺らめきを抱えた事を、セシリアは決して見逃さなかった。
おそらく『ダリア様が』という部分に引っかかったのだろう。
何故ならこの部分だけが、事実とは異なるのだから。
しかしそんな彼女の揺らぎを知らん顔して、あくまでも子供特有の無邪気さで押し進む。
「二つも爵位が離れている家に嫁ぐ事の難しさは周知の事実です。ですから『一体どのようにお願いなさったのか』がとても気になっていたのです。やはり――」
そこまで言うと、セシリアは一度言葉を止めた。
そして思案と疑問を織り交ぜた表情で、ダリアに尋ねる。
「――殿方の言った事は何でも聞く様な、そんな従順さが必要なのでしょうか……?」
エドガーとダリアの間には、そもそもダリアがエドガーに猛烈なアプローチをしたなどという事実は存在しない。
むしろその逆だ。
ダリアに惚れて執拗なまでに猛烈なアプローチをしていたのは、終始エドガーの方だった。
しかし同時に、周りにセシリアが今言ったような認識が少しずつ浸透してきていることも、また事実なのだ。
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