第25話 ダリアの窮地の元凶は ★


 実はエドガー、今回以前にも所々でダリアの事を周りに自慢している。

 その場限りの自らの見栄を優先し、嘘の事実を使って。


 その嘘の中で彼が使っていた言葉のうちの一つが、「ダリアは実に従順な女だ」というものだった。


 今では、エドガーの周りの友人達は皆それを事実だと認識している。

 それどころかその友人たちが退屈紛れの他者との会話の中に、時折その話を織り交ぜていたりもする。


 そのお陰で、嘘だったソレが今やじわりじわりと周りに浸潤してきている。



 これらは全て、妹をいじめた相手への『お灸据え』に張り切った兄姉からの裏付け情報だった。

 しかしセシリアは、それを相手に悟らせない様に演技をする。


 知らずに言っているのだ。

 この言葉たちが、彼女を侮辱する言葉だという事を。

 彼女はただ、自分が気になっている事を憧れを込めて聞いているだけなのだ。


 そう、周りに思わせるように。


 

 そんなセシリアの熱演に、もしかしたらダリアは気付いたかもしれない。

 しかし今のセシリアと直に対峙していない周りは、彼女の力量にも裏にも、まったく気がついていない。

 

 もしこの状況でダリアがセシリアの物言いに怒ったら、周りは一体どう言う反応をするだろうか。

 少なくとも「何も知らない子供に怒る大人気ない人間」だと思うだろう。


 それは、今から公爵家に輿入れしようとしているダリアにとってはひどく痛手だ。

 そうでなくとも爵位の釣り合わないこの婚姻をよく思わない人間は居る。

 彼らにダリアの人間性を貶める材料を与えるのは得策ではない。

 


 だから、まるで子供心をそのまま移したようなキラキラと光るペリドットに見つめられ、ダリアはグッと押し黙るしかなかった。


 そして、急いで頭を回す。


『偶然にも状況が似ている』

『エドガー様が用意した個室へと行き』

『ダリア様がエドガー様に猛烈にアプローチをして』

『殿方の言った事には何でも聞く従順さ』


 その言葉のどれもが悪い噂しか生まないだろう事は、ダリアには容易に理解できる。


 たとえ子供時代の事だとしても、未婚の女性が『男性の用意した個室へと行き』、奥目もなく『格下貴族の、しかも女性から男性に猛烈なアプローチをし』、『殿方の言った事にはなんでも聞く従順さ』で相手を籠絡した。

 そんな噂が、『今社交界を賑わす噂話と状況が似ているから』という理由で拡散し、燃え上がる。


 しかも輿入れ前の、この大事な時期にだ。

 そうなれば、間違いなく大惨事である。


 ダリアが公爵家に求められているのは、レレナの後釜になる事だ。

 レレナの地盤を引き継ぎ、『革新派』を切り盛りしていく。

 ゆくゆくは、そういう立場になるだろう。

 だというのに、そんな醜聞を流されるなど、以ての外である。


「そんな話、一体どこから……」


 幾らか血の気の引いた顔で呟くようにそう尋ねてきたダリアに、セシリアはにこりと微笑みを向けてこう答えた。


「学内での噂だと聞いていますよ? マリーお姉様に私の先日の出来事をお話したら、『ダリア様の時と状況的にはとても良く似ているわね』と」


 そう言って、姉が色々と教えてくれたのだ。

 そんな事実を告げると、ダリアの顔色がまた1段階悪くなる。


 それもそうだろう。

 あんな噂が、すでに広まりつつあるのだと聞いたのだから。


 しかも、だ。


「そしてこうも言っていました。『誰からそんな噂が広まったのかと思って確認してみたら、全ては当事者であるエドガー様からもたらされたものだった』と」


 こうしてダリアを追い詰めているものの正体を明かし、さらにトドメをさす。


「エドガー様ご自身のお言葉ですもの、疑い用の余地もないですよね」


 エドガーにチラリと目をやりながら、セシリアはそう言った。

 しかし依然としてクレアリンゼと例の量産の件について話している彼は、全くこちらの会話が聞こえていないようだ。


 そしてそんな彼に、ダリアの視線が突き刺さった。

 そこには今日一番の、強い感情の揺らぎが見て取れる。



 そんな彼女を眺めながら、セシリアは思う。


(さぁ、ここからがお手並み拝見ね)


 と。

 


 ダリアが置かれたこの状況は、いかにも詰んでいる様に見える。

 しかし実際にはそんな事は無い。


 ダリアの噂は確かに浸潤してきているが、幸いにもまだ学内に止まっている。

 すぐに手を打てば、噂の封じ込めをする事も可能だろう。


 しかしもしもその封じ込めに失敗したら。

 二人が正式に結婚する頃にはお、そらくその話題性も相まって社交界を賑わせる噂に成長してしまっている筈だ。


 つまり、今が最初で最後の、噂を消すギリギリのボーダーラインという事になる。

 そしてだからこそ、ダリアの社交手腕も見ることができる。


 彼女は必死に工作をするだろう。

 自らの人脈や権力を惜しまず使って。

 


「……そんな噂があったのね」


 少しの沈黙を置いてそう言ったダリアからは、すでに激しい感情の揺らぎは消え失せていた。

 すでにしっかりと社交の仮面を被り直し、きちんと自制ができている。


「でも、ごめんなさい。それらの噂はほぼ事実と異なるから、残念だけれどセシリアさんが喜ぶようなお話は出来ないの」

「そうなのですか……」


 事の詳細について具体的に語る事をダリアは申し訳なさそうな声色でやんわりと断った。

 そんな彼女に、セシリアも残念そうな表情で応じる。


 そしてその一方で、セシリアはその言動に彼女の評価をまた1段階上げた。



 感情的になって噂を否定しない『自制心』と、渦巻く感情の中でも外面を取り繕う事の出来る『胆力』を、彼女は示してみせたのだ。


(こういう不測の事態で、それらをきちんと発揮できる事は、言葉以上に難しい)


 だからこそ、評価に値する。



 こうしてセシリアは、未来で敵になるかもしれない女性を、また1人明確に認識したのだった。




 その後、ダリアの巧みな誘導で2人は別の雑談へと移行した。

 そうして話している内に、クレアリンゼとエドガーの話が終わり、解散となった。


 こうして、特にトラブルも無くオルトガン伯爵家への主催者挨拶は終わったのだった。

 ……少なくとも表面上は。




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 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976992535


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