第18話 無理やり、和解『劇』

 


「もう少し分かり易い所に居たらどうなんだ。お陰でこちらが探す羽目になったじゃないか」


 先に口火を切ったのはクラウンの方だった。

 しかしその自覚が彼にあったのかどうかは些か疑わしい。

 何故なら、彼の言葉はただの愚痴や八つ当たりとも取れるからだ。



 こうなればクラウンから悪意を向けられるだろう事はセシリアだって分かっていた。

 しかし探す手間をまるでセシリアの落ち度の様に言われるのは、何だか気に食わない。


 セシリアからすれば、こうなる可能性に気づいていたとはいえ、何も彼と約束していた訳では無いのだ。

 それに此処に居るのだって、真面目に社交をしていたからだ。


(私はきちんと義務を果たしているのに)


 確かに他の子達とは違う行動をしているという自覚はあるが、だからといって彼にそんな事を言われる筋合いは無いのである。



 そんな正論を心中で渦巻かせながら、セシリアはその心中を決して吐露しなかった。

 それは「反論が正論であればある程、相手の気持ちを逆撫でる事もある」と知っているからだ。


(そうなったら間違いなく『面倒』な事になるし)


 当事者たちしか居ない閉鎖空間でならまだしも、こんな開けっ広げた社交場のど真ん中で相手を煽るなどという愚を、セシリアは決して犯さない。


 そうでなくとも『面倒』は勝手にやってくるのである。

 例えば、今のように。


 『面倒』はもう十分。

 間に合っているのだ。

 これ以上は不要である。



 それにしても、だ。


(バカなのかな。……いや、バカだからこんな強行に及んだんだろうけど)


 そんな風に独り言ちれば、思わずため息が口の端から漏れ出てきた。


 今日、わざわざ彼が嫌いなセシリアを探して話しかけてくる理由。

 そんなものは一つしかない。

 そしてその理由を鑑みれば、彼が今からしようとしている事にも、ある程度の予想はつく。


 おそらくコレを指示しただろう侯爵も、そして実行犯となる目の前の彼も、せっかくセシリアがした忠告の意味が全く分かっていなかったと見える。


 ならばもう、セシリアが彼らに対して出来ることは何も無い。


 彼らがセシリアを無理やり『劇』の舞台に上げたのだ。

 ならば彼らには、相応の報いを受けてもらうだけである。


「……それは大変申し訳ありませんでした」


 セシリアの第一声は、そんな謝罪から始まった。

 

 そこには感情と呼べるものが一切込められていなかった。

 セシリアはただ爵位差とここが公の場であることを鑑みて「これも社交の一部だ」と割り切ったに過ぎない。


 

 しかし同時に、そんな心中を彼に悟らせるようなヘマを、セシリアは決して自分に許さなかった。

 そしてクラウンは、そんなセシリアにまんまと騙された。

 割り切りを悟るどころか、むしろ彼は嫌う人間の下げた頭に一種の優越感を得た様だった。


 そして。


(「勝った!」とか思っているんだろうな、きっと)


 セシリアは、彼の表情からそんな心中を読み取った。

 しかしその心は、セシリアには到底理解する事ができない。


 何がどう勝ったのか。

 一体どこに勝ちを見出したのか。


 目の前の、目に見える優劣を基準とするクラウンと、あくまでも未来を成果を見据えるセシリア。

 2人の価値基準は、どうしようもなく食い違っているのだ。

 この時点で相互理解など、得られよう筈も無い。 



 愛想の良いセシリアに、クラウンは大仰にこう言った。


「まぁ良い、今回は大目に見てやろう」


 満足げなその表情は、自分が相手よりも優位に立っている事を全く疑っていない。

 

 上から目線なその言葉を、セシリアはヒラリと華麗に聞き流してみせた。

 

 しかし「そのせい」というべきか、それとも「そのお陰」というべきか。

 彼は早速愚を犯す。


「これからは家としての交流も増えるのだしな」


 流石にこの一言は、セシリアとて聞き流す事は出来なかった。

 そんな決定事項など、少なくともセシリアは初耳だし是非とも遠慮したい。


「そう、なのですか……?」


 セシリアが首を傾げながらそう尋ねると、その反応に優越感を抱いたのか。

 彼は「そんな事も知らないのか」と言いながら満面の自慢顔をセシリアに向けてくる。


「俺とお前は和解した。そして今回の騒動をキッカケに互いの親交を深める事もできた。だから今後は家同士の交流も必然的に増えるだろうって、そうお父様が言っていた」


 そんな彼の言葉に、セシリアは表向きには首を疑問に傾げたままを保ちながら心中では「なるほど」と納得した。


(彼らの中では、そういう事になっているのか)

 

 と。


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