第19話 新たな『武器』を見つけて



 セシリアの声に、その場に居合わせた全ての視線が一斉に動いた。

 指し示すその先は、勿論セシリアだ。


 しかし、大人達の視線が突き刺さって尚、セシリアは全く物怖じした様子がない。

 それどころか母譲りの完全武装の微笑みを浮かべ、その言葉を向けた相手をただ見つめる。


「っ! お前、俺の言葉を途中で遮るなんて……」


 体をワナワナと震わせながら唸るようにそう言うと、彼は「無礼だろうっ!」と高い声を上げた。


 苛立たしげなその声には「折角謝罪をしてやろうとしたのに、その言葉を遮られた」という不満がありありと浮かんでいる。


 しかしそんな声にも一層キツくなった睨みにも、セシリアは全く怯まない。

 それどころか、寧ろわざわざ煽るような言葉を選んで口を開く。


「だってクラウン様、謝罪がひどくお嫌そうだったので」


 こちらは気を使ったのですよ。

 セシリアはそう言うと、ここで一度言葉を切った。


 そして、頬に手を当て軽く首を傾げ。

 限りなく100%に近い純度を装った瞳で相手の目を真っ直ぐに見つめながら、柔らかい声色でこんな言葉を発する。


「それに、『中身の無い謝罪』に一体何の意味があるというのでしょう」


 その声に、クラウンは思わずグッと押し黙った。

 そして、真っ直ぐ突きつけられたその視線に、彼はカァッと顔を赤らめてもいた。

 つい今し方腹を立て声を荒げたとは思えないほどの変わり様だ。




 愛想の良い笑顔と、傾げられた首。

 そして、演じ切った瞳と声色。

 それら全てが『計算された美』だった。


 つまり、彼女がしたのは『美による発言のゴリ押し』である。



 社交パーティーで自分の持つ『武器』の存在に気付いた時から、セシリアは「いつかこの手が使えるのではないか」と思っていた。


 まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかったが、どうやら効果はてきめんの様である。


(良かった、これで『無駄な時間』を短縮できる)


 嫌々される謝罪など、無意味どころか最早ただの時間の無駄でしかない。


 そんな言葉に時間を割く暇があるのなら、一刻も早くお茶会に出たい。

 セシリアがそう思うのは、何も不思議な事ではない。 


(仕草1つで話を強制進行させられるのなら安いものよ)


 これは、最低限の労力で最良のパフォーマンスを発揮する。

 その為の効率的な手段を、セシリアが新発見した瞬間だった。




 一方、押し黙ってしまったクラウンに内心で慌てたのはレレナだ。


 侯爵や夫に「何故セシリアの言に意見しないのか」と抗議の視線を向ければ、大の大人が2人してセシリアの『武器』の被害を受けている。


 そんな2人に内心で舌打ちするが、そんな事をしても状況は変わらない。


 仕方がないので、レレナが口を開く。


「しかしセシリアさん、先程クレアリンゼ様が仰った通り、形式としての謝罪は必要なのです。だって貴方達は『和解』をしたのですから」


 レレナが優しく、諭すようにそう言った。

 しかしその響きとは対照的に、その言葉には確かな威圧が込められている。

 

 まさか『和解』を反故にする気では無いでしょうね。

 そんな、威圧が。



 折角纏まりかけていた話が流れる事を嫌ったレレナ。

 その言葉に、セシリアは微笑見ながら言葉を返す。


「勿論『和解』は受けます。そもそも侯爵からは、パーティーから約一週間後に手紙にて、一度謝罪を受け取っているのです。形式としての謝罪なら、それで充分だと思います」


 そう言えば、一瞬凍りついたかの様に硬くなった辺りの空気が瞬時に平温へと戻った。


 チラリとクラウンの方を見遣れば、彼もどうやら「自分が謝罪をする必要が無くなる」現状を前に、不満を飲み込んだようである。




 そんな事を確認していると、「コホンっ」というわざとらしい咳払いが聞こえてきた。

 侯爵だ。


「そういう事なら、先日の手紙を以ってこちらからの謝罪という事で良いな。よし、では後は今日のお茶会を成功させるだけだ」


 謝罪要求をした時の会話の緩慢さはどこへやら。

 スピーディーに進み始めた『話し合い』に、セシリアは思わず内心で苦笑する。


(あからさま過ぎる)


 どれだけ謝罪が嫌だったのか。

 彼のプライドは、無駄に高く高く聳え立っているらしい。


 そんな事を、思っていると。


「それで、和解『劇』の段取りだがーー」


 彼が、そんな言及をし始めた。

 それに合わせて、セシリアはすぐさま不思議そうな表情を作る。


 そして。


「侯爵は、まだソレを行うつもりでいたのですか?」


 他意はない。

 あくまでも、ただの疑問だ。


 そう思わせるような仮面をかぶって、セシリアはとうとう『貴族の義務』を果たす為に動き出す。

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