第13話 セシリアの了承


 例の噂についてはあらかじめ、その内容を母経由で聞き及んでいた。


 それと比べると、彼が今言った言葉は数段マイルドな言い回しになっている。

 しかしその噂を要約すれば、同じ答えになるだろう。


 つまり。


(私の認識通りの噂が、彼の耳にもきちんと届いてる)


 これなら同じ噂を軸にして、話し合いができそうだ。



 そんな事をセシリアが密かに確認していると、ヴォルドは一度大きく咳払いをした。

 そうやって、まるで口の中に残る苦さを追い出す様にしてから、言葉を続ける。


「そしてその噂と共に、オルトガン伯爵家とモンテガーノ侯爵家の不仲説があちこちで囁かれている」


 ここまで言うと、公爵は一度言葉を止めた。

 そしてしたり顔になって、こんな事を言ってくる。


「――自分よりも爵位の高い家との不仲説だ、そちらもさぞかし困っている事だろう。そこで、だ。和解をし、今日のお茶会で大々的にそれを示してはどうかと思ってな」


 その物言いに、セシリアは思わず吐きそうになったため息を慌てて飲み込んだ。


 しかしその心情は。


(何言ってるの? この人)


 である。



 こちらは別に侯爵との不仲説で困る事など何一つ無い。


(困っているのは、寧ろあちらでしょうに)

 

 心中で、そんな呆れの声を発さずにはいられない。


 

 しかしそんなセシリアの内心は、ものの見事に社交の仮面によって隠されている。

 レレナならば未だしも、公爵にバレるような強度に作ってはいない。


 だからだろうか、こちらの呆れ具合にいは全く気付かずに彼は更に言葉を重ねる。


「幸い今日のお茶会は色々な人間を招いている。両者の仲睦まじい姿を見せれば、噂などすぐに消えるだろう」


 そう言うと、公爵は満足げな顔になった。

 どうやら言いたい事は全て言ったらしい。



 ここまでの彼の言動を要約すれば、こういう事になる。


 和解はこちらから提案してやる。

 御膳立てもしてやった。

 お前達はこちらの思惑通り動け。

 そしてこちらの役に立つのだ。


 おそらくこれは、彼の本心からそうズレてはいないだろう。



 この件に対するあちら側スタンスは、あくまでも「仕方が無くこちらが折れてやった」である。


 今回の件に対して、おそらく反省はしていない。

 彼らが今しているのは、反省し改善するのではなく、ただの『現状への対処』だ。


「どうだ? 良い話だろう」


 ヴォルド公爵からのそんな言葉に、クレアリンゼは困ったように首を傾げた。


「私はあくまでも当事者の近親者です。当事者に聞いてみませんと――」


 我が家では『自分の事は自分で決める様に』と子供達には教育しておりますので。

 そう言いながら、クレアリンゼがセシリアへと視線を向けた。


 すると、その視線を受け取ったセシリアはニコリと微笑む。




 彼らのスタンスに、思う所が無い事もない。

 しかし。


(この件についての、当初の目的は、もう充分果たせたと言って良い)


 噂を使って、彼らに余分な対処の手間を与える。

 そんなセシリアの意趣返しは、既に十分な成果を出している。



 そして何よりも、セシリアは『面倒』事が嫌いだ。


 自分のしたい事以外に時間を費やしたくない。

 それが、何をするにしても彼女の根底に存在する本心である。



 今回で言えば、『相手への意趣返し』はセシリアの「したい事」だった。

 対して、ソレに付随する諸々の手間は全て「したくない事」に分類される。


 この件について、セシリアは最初から「したい事」をすれば、「したくない事」も必ず付いてくると分かっていた。

 分かっていて、それでも実行に移した。




 その時に下げた天秤。

 そのバランスが保たれるギリギリが、『今』である。


「私は和解に拒否感はありません。そもそも私は『クラウン様から言われた通り』の行動をしただけです。和解を受け入れない理由など無いでしょう?」


 そんな方便を使いながら、セシリアは思う。


(目標が既に達成されたのなら、残された『面倒』の種は早々に掃除した方が良い)


 その掃除を向こうから自発的に手伝ってくれるというのだから、乗ってもいいだろう。


 それ故の、了承だ。



 セシリアが和解にすんなりと了承したのを見て、ヴォルド公爵は少し拍子抜けした様な表情を見せた。

 しかしすぐにそれを引っ込めて、大仰に「うむ」と頷く。


 そして、執事から差し出されたトレイへと手を伸ばす。

 そのトレイの上に乗っているのは、金色のベル。

 室内から室外の人を呼ぶ時に鳴らす物である。



 チリンチリン。


 そんな、どこか涼やかな音色が室内に響き渡った。



 すると、その2秒後。

 扉のノック音が聞こえて来た。


 しかしそれは、セシリア達やヴォルド公爵達が出入りした扉からの物ではない。


 全くの別方向から聞こえたその音に、セシリアはその場所を探した。

 そして見つける。


 この部屋に、もう1つ扉があるのを。



 セシリアがそちらに視線を向けると、使用人の「失礼いたします」という声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。


 その扉が、ゆっくりと開く。


 そうして現れたのは、モンテガーノ侯爵とその息子・クラウンだった。

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