第14話 喜劇主人公のフォロー

 


 現れた彼らの背景には、ここと似た間取りの部屋が存在している。

 どうやら此処との続き部屋の様だ。



 パッと見る限り、そこはこの応接室に人を通している時の、家主達側の休憩室の様な用途で使われるものの様である。


 モンテガーノ侯爵達は、おそらく最初から隣の部屋で待機させていたのだろう。




 そんな風に状況を分析していると、セシリアは不意に敵意を向けられている事に気がついた。


 そちらに目をやると、そこに居たのはクラウンだ。



 彼は、酷い仏頂面でキッとセシリアを睨み付けていた。

 

(『今回の件で父親あたりから怒られたりした』という所かな)


 などという風に、彼がこちらに敵意を向けてくる理由は分かるのだが、しかしだからといって彼にそんな視線を向けられる筋合いは無い。


 何故なら。


(貴族としての自覚も無く、浅慮のまま自らの欲望に走った。そんな彼の自業自得の結果がソレなんだから)


 全く、逆恨み甚だしいというものだ。



 しかし、それにしても。


(『和解』ってどういう意味なのか、あちらはちゃんと分かってるのかしら)


 思わずそう思ってしまうくらい、彼の目はあからさまだ。



 せめてもう少し感情を隠すとかしなければ、『和解』のアクションをする意味がなくなってしまう。


 あらかじめ本人の意思をそちらに向けておいてほしかったのだが。


(モンテガーノ侯爵も、クラウン様の様子に全く気付いてないし……)


 だからこそ、貴族の仮面を貼り付けた表情で友好的な態度が取れる。


「オルトガン伯爵夫人、久しぶりだな」

「ご無沙汰しておりますわ、モンテガーノ侯爵」


 まずはそう挨拶をして、それからセシリアへと視線を向けてくる。


「セシリア嬢も、こうして会って話すのは君が4歳だった時以来か」

「はい、大変ご無沙汰しております」


 彼は、まるで古くからの既知を相手にするかの様な気さくさを演出してきた。

 それに対してクレアリンゼとセシリアの2人は、きちんと一度席を立ち、正式な貴族の礼で彼に応じる。




 そして、自身の事よりも他人の事の方が見えやすいのか。

 そんな両者間の温度差に、ヴォルド公爵は早々に気が付いた。


 つい先程まで、見え透いた喜劇を演じていた彼なのに。



 そして「今から和解をしようという両者の空気がこれではマズイ」とでも思ったのだろうか。


 場を少しでも和ませようと、さして興味も無い雑談をこちらに振ってきた。


「ほう? モンテガーノ侯爵は社交界デビューよりも以前にセシリア嬢にあった事があるのか?」

「はい、以前偶々オルトガン伯爵邸へ行く用事があったのですが、その時に」

「そうか、貴殿とオルトガン伯爵は学生時代からの級友だったな」


 納得の表情を浮かべる公爵に、侯爵がニコニコと笑いながらそう頷いてみせた。

 しかし『級友』の部分を全く否定しない侯爵に、セシリアは。


(嘘つけ)


 そう、内心で少し悪態をつく。



 在学中、2人は確かに同じ学校に通う生徒だった。


 しかし2人の現在の関係性を考えれば、間違っても『級友』という言葉は出てこない筈である。


 言葉を飾らず、オブラートに包む事もせずに言うのなら、おそらくは『鬱憤晴らしの為の玩具』というのが、侯爵が抱くこちらへと認識だろう。


(それが分かってて、嫌な気持ちにならない筈がない)


 しかしそんなフラストレーションはお首にも出さない。

 大人顔負けに、笑顔で気持ちを押し込める。



 すると、そんな私に、侯爵はこう尋ねてきた。


「それで改めて確認するが、そちらは『和解を受ける』という事で良いんだな?」

「はい。構いません」


 モンテガーノ侯爵の確認に、セシリアはきっぱりとそう答えた。



 セシリアは、モンテガーノ侯爵家に対しては元々良い感情を持っていない。

 今日のこの短い時間で行われた様々な言動にも、少し思う所は存在する。


 しかし。


(それとこれとは、分けて考える)


 その位の分別を、セシリアはきちんと持ち合わせてている。




 対してモンテガーノ侯爵はというと、改めての了承にどうやら安堵や喜びの感情は抱かなかった様である。


 彼はおそらく最初から『彼女の選択肢はYesの一択だ』と、最初から思っていたのだろう。



 そもそも彼は、最初からそういう態度だった。


 だから最初に送って来た謝罪の手紙だってあの体たらくだったのだし、その後も回りくどく小賢しい工作を行い、今日のお茶会に至ったのだ。


 そう考えれば彼のこの様子も、決して不思議ではない。



 そしてモンテガーノ侯爵が抱くそれらの感情は、例えば他の貴族達が相手だったなら、綺麗さっぱり隠し通せていたのかもしれない。


 しかし相手がセシリアであるが故に、その可能性はものの見事に潰えた。



 否、彼女だけでは無い。


 おそらくオルトガン伯爵家の血筋、その中でもとりわけ社交に関する洞察力に優れたクレアリンゼの素質を受け継ぎ、彼女から英才教育を受けて育った3兄妹。


 もしも彼らの内の他の人間が、この場に居合わせたのならば。


(こんな薄ガード、等しく容易に食い破った事だろう)


 それは疑いようもない。

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