第6話 クラウンの言い分 -眠気との戦い編-



 それから一週間程後のとある夜。


「クラウンお坊ちゃま、起きてください」


 ぐっすりと寝ていた所を、メイドに突然たたき起こされた。


「……何だよ、俺眠いんだけど」


 そんな不満を言いながら、俺は目元を擦って安眠の邪魔者を睨みつける。


 しかしその後に続いた言葉に、俺は怪訝な表情を浮かべる事になる。


「旦那様が御呼びです、早急にリビングまでお越しください」

「……お父様が?」


 お父様からの呼び出しなんて、俺にとっては滅多にある事じゃない。


「はい。つい今しがた旦那様は社交からお戻りになられました。奥様も呼んでいらっしゃいます。どうか早急に御仕度を」


 そう言われ、俺は仕方がなくベッドから体を引き剥がす。


(でも、呼んでるって……何の用事だろう?)


 正直、呼び出される心当たりなど皆無だ。

 しかし、父の言葉には逆らえない。


 俺は急いで身支度を整えた後、呼び出し先のリビングへと向かったのだった。




 リビングに着くと、既にお父様とお母様が座っていた。

 そしてお父様に、こんな事を聞かれる。


「今社交界では『お前が王族主催のパーティーからオルトガン伯爵の第二令嬢を追い出した』という噂が流れている。何か、心当たりは?」


 顰め面で告げられた問いを、俺は一度頭の中で復唱した。

 しかし、全くもって心当たりがない。



 オルトガン伯爵の、第二令嬢。

 それが自分にとっての何なのかはと知っている。


 そう。

 事ある毎に父が言って聞かせてきた、俺の婚約者だ。


 しかし彼女の存在は、俺にとってそれ以上でも以下でもない。


(お父様は「王城のパーティーで婚約者と会えるぞ」なんて言ってたけど、結局は顔合わせも出来なかったし)


 未だ会ったことも無い、婚約者という肩書の女。

 それが、俺が相手に対して抱く印象の全てである。


 それなのに何故『追い出した』などという話になるのか。

 全く理解できない。


 だから。


「何で俺がそんな事するの?」


 今の気持ちをそのままに、俺は言った。

 するとお父様は目に見えて安心する。


(良かった。なんかよく分かんないけど、とりあえずお父様の機嫌はちょっとマシになったみたいだ)


 そんな感想を抱きながら、俺は眠い目を擦る。



 眠気のせいか、考えが何だかぼんやりとしている気がする。

 だからだろう。


(先日の、王城での社交パーティー)


 その言葉から、俺はとある記憶を思い出した。


「あぁ、そう言えばパーティーの途中で勝手に帰っていった、無礼な奴なら居たな」


 ソレは呟きに似た、何かだった。

 そして、口に出してしまうと同時に、あの時の感情が一気にぶりかえしてくる。



 俺がわざわざ声を掛けてやったのだ。

 普通はそれだけで、まず「ありがとうございます」と頭を下げて然るべきだろう。


 それなのに。


(あの女、結局一度も俺を見て話さなかった)


 そう思えば、感情が沸々と沸騰を始める。

 そして、そんな俺にお父様の声が尋ねてくる。


「……何がどう、無礼だったのだ?」


 その声を聞いて、俺は大いに喜んだ。


(お父様が、俺の話に興味を持ってくれた)


 こんな機会、中々あるもんじゃない。


 だってお父様はいつも何かに忙しくって、俺に構う暇なんて無いのだ。

 

 ……兄には、構うのに。



 だから声だって独りでに弾む。


「俺が折角『汚れたドレスを着替えさせてやるから来い』って言ってやったのに、あいつ俺を無視して帰りやがったんだ」


 ね?酷いでしょ?

 そう言ってお父様へと目を向けて、そして自身の『失敗』を悟った。



 そこには、顔色を悪くした父の姿があった。


「……その令嬢との間にあった事を、最初から順番に話しなさい」


 感情を押し殺した声。


 その反応に困惑しながらも、俺はお父様の言う通りに事の次第を話して聞かせた。




 全てを話し終えると、父と母が何やらそうだんのようなものをし始めた。


 『類似点』とか『連想』とか。

 そんな言葉を使っているが、話の内容が難しくて俺にはよく分からない。



 そんな2人を眺める時間は、とても退屈だった。


(……眠い)


 大口を開けて欠伸をしながら、俺は「早く終わらないかな」と心の中で独り言ちる。



 焦った様子の両親は、俺にとってはまさに『対岸の火事』だった。


 だって俺は、別に何も悪い事なんてしていない。


 何故両親の顔色がこんなにも悪いのか。

 それを疑問に思っても、「何でそんな顔してるの?」なんて質問は出来ない。


 だって、どう考えても現在取り込み中だし。

 それくらいの空気は読む。




 少しずつ、意識の輪郭がぼやけていく。

 こくりこくりと小さく船を漕ぎながら、辛うじてその輪郭を保っていると。


「……取り敢えず話は分かった。クラウンはもう寝ろ」


 眠気が優った俺は、そこで相手の押し殺された怒りに気付く事もなく、ただその言葉に素直に従った。


 部屋から退出する瞬間、お父様の重く深いため息が聞こえた気がしたが、眠過ぎてもう考えが纏まらない。


(――結局、何の用事だったんだろう……?)


 再びベッドに潜り込んで、俺は意識の淵でふとそう思った。


 しかし眠気に逆らう事は出来ず、俺はゆっくりと眠りに落ちていく。



 そして今度はこそ、朝までぐっすりと眠り込んだのだった。


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