第5話 クラウンの言い分 -王城パーティー編-



 公爵家のエドガーという人は、俺にとって『年の離れた兄の様な人』である。



 血の繋がった兄は、いつも俺を見下してくる。

 しかし、彼は違う。


 

 彼と初めて会ったのは、家ぐるみでの非公式なお茶会の時だった。

 

 彼は優しかった。

 構ってくれるし、話を聞いてくれる。

 何よりその目は、俺を嫌っても蔑んでもいない。


 俺が彼に『兄』を感じるまでに、そう時間は掛からなかった。


 そしてその時から、俺は親愛の意を込めて、彼を『エドガー兄様』と呼んでいる。


 俺にとってのエドガー兄様は、家柄も良く、優しく、物知りで、何でも出来る、凄い人だった。


 だから彼の言葉には、何の疑問も持たなかった。



 エドガー兄様が思うすぐする予定の、結婚。

 その日は、それの話を聞かせてくれた。


 『結婚』は、俺にとっては決して他人事ではない。

 というか、大半の貴族の子供にとって『結婚』とは割と身近な話題の一つだ。


 貴族の子女のほとんどが、色恋の「い」の字も知らない内から婚約者を宛がわれて育つ。

 そして余程の事がない限り、そのパートナーが変わることはない。



 そしてそれは、俺にとっても例外では無かった。


「クラウン、喜べ。お前に婚約者が出来たぞ。今はまだ『非公式に』だが、お前はいずれその娘と結婚するのだ」


 ある日。


(なんだか今日は、お父様が随分と機嫌良いな)


 なんて思っていると、外出戻りのその足で俺の部屋までやってきた彼に、そう言われた。


 それは確か、俺がまだ4歳の時だったと思う。


 そうしていとも簡単に、俺には『将来の結婚相手』が出来た。




 まだ会ったことも無い、婚約者。

 名前しか知らない相手。


 その正体に、最初は心も躍った。


(どんな子なんだろう)

 

 そんな風に思って、教えてもらった名を頼りに探してみる。


 しかしいくら探しても見つからない。

 それどころか、その姿さえ見たことがある者は見つからない。


 

 だから『婚約者』に関する情報源は、もっぱら父だけだった。


「お前の婚約者は――」


 あれ以降、父は酒に酔うといつもそう言ってクダを巻く様になった。



 しかしその話の内容は、いつも代わり映えしなかった。


 外見が――とか、所作が――とか。

 どれも、そういう類の物ばかり。


 例えば何が好き、とか。

 普段は何をして過ごしている、とか。


 そういう情報は全くくれやしない。



 目新しい情報も無く、その情報の中からは彼女の為人(ひととなり)が見いだせない。

 それどころか、本当に存在しているのかさえ不確かな、婚約者。



 それはやがて、俺にとっての鎖となった。


 父から度々言われる「お前はいずれその子と結婚するのだ」という言葉が、何だかまるで俺を縛り付ける為の道具みたいで。


 ひどく窮屈な代物に成り果てた。




 だからこそ、エドガー兄様の言葉は酷く衝撃的だった。


「この結婚は縁談では無い」


 その言葉に「結婚相手は自分で選ぶ事が出来るのか」と、思った。

 そしてそれに気が付いてしまえば「自分の結婚相手は自分で探したい」と思っても、何ら不思議はない。



 エドガー兄様だって、「お前も父親が侯爵なんだから簡単さ」って言ってくれた。


 兄様がそう言うんだから、俺に出来ない筈は無い。



 そして、何よりも。


(『青田買い』、なんかよく分からないけどカッコイイ響きだ)


 その言葉が持つ意味は分からなかったけど、そんなのはどうでも良い。

 自分をその場に押しとどめる邪魔な鎖を断ち切れるというのなら、尚更だ。


 だから俺は、自身の希望を口にした。


「俺も『青田買い』してみたいっ!! ねえ、どうやったら出来るの?」


 それはただただ純粋な願望だった。



 エドガー兄様曰く、「淑女教育が行き届いた、器量の良い、従順な女」というのが『良い女』の条件らしい。


(折角自分で選べるんなら、やっぱり『良い女』を選びたいよなっ)


 侯爵家の俺に相応しい相手を。

 そう思いながら、俺は彼の言葉をそのまま、自身の理想として頭上に掲げた。




 『青田買い』の手順をエドガー兄様から聞き出した後で、俺は彼と別れた。


 そして、すぐに同年代の子女達がいるエリアへと足を運び、見知った面々と合流を果たす。



 彼らはみんな、俺の家が所属している派閥の家の子だ。

 随分と前から交流があるから、互いに顔も名前も既に知っている。



 俺は人気者だった。

 俺の姿を見つけるや否や、彼らはこぞって寄って来る。

 俺はそんな子女達の相手をしてやりながら、ふとした拍子に少し遠くへと目を遣った。


 そしてそこに『花』を見つける。



 ソレは、黄色の『花』だった。


 艶やかなオレンジガーネットの髪に、ペリドットの丸くて大きな瞳。

 陶器の様な白い肌と華奢な雰囲気を纏った、可愛らしい女の子がそこには居た。


 彼女は、他の令嬢達と何やら話をしている様だった。

 

 その中で時折浮かべる、ふわりとした笑顔。

 それが、僅かに体を揺らす度に光る装飾品と相まって美しい。

 



 ――あぁ、『これ』だ。

 俺は直感的にそう思った。


 


 彼女は、俺の掲げた理想にピッタリに見えた。


 器量は他と隔絶した良さ。

 流れるような所作も美しい。

 それに何よりも、とても大人しそうな女の子だ。

 今後、さぞかし従順に育ちそうな。



 見つけた得物に、俺の口角が独りでに上がった。


 そしてそんな俺の変化に、周りの子息達がすぐに気付く。


「何か面白い事でもあったんですか? クラウン様」


 子息達の内の一人が、そんな風に尋ねて来た。



 興味津々な声の『子分』に、俺はエドガー兄様の話の内容を話して聞かせた。

 そして「アレがそのターゲットだ」と、例の彼女を指し示す。


 すると皆、一度納得顔を浮かべた後で今度は口々にこんな事を言い始めた。


「可愛いですね、あの子。確かにクラウン様に相応しいかもしれません」

「クラウン様に声を掛けられたら、あの子もきっと喜びますよ!」

「何って言ったって侯爵家の次男だもんな、クラウン様」

「クラウン様って堂々としてるし、俺らのリーダーだし間違いないっす!!」


 賛同の嵐に、俺は「そうだろう、そうだろう」と気持ちよく頷いた。


 そしてすっかり上がりきった気持ちを携えて、行動を開始した。


 全ては理想の結婚相手を得るために。




 近くにあったジュースのグラスを手に取り、期待に胸を膨らませながら彼女の方へと歩み始める。


 すると、背中越しに数人分の足音が続いてきた。

 おそらく『子分達』だろう。


(『子分達』を引き連れて会場を闊歩する俺、なんかちょっとカッコイイんじゃ……)


 そうと気付いてしまえば、テンションは鰻登りだ。


 この状況にほろ酔い気分で、俺は彼女との距離を詰める。


 そして――。


 俺は予定通り、見事に『偶然の事故』を演出した。


 しかし何故か、それ以降は思い描いた通りにはならなかった。


 何故だ。

 俺はちゃんと兄様の言う通りにしたのに。

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