第3話 毒舌親子と苦笑い

 


「くれぐれも他の子供達の誘いに乗って、走ったりしない事」


 これが今日一番大切な事よ。

 そう言ってクレアリンゼは真剣を向けてくる。


 そんな母親に、セシリアはというと。


(反論できない……でも、なんか釈然としない)


 なんて、心の中でぶーたれる。

 しかしそんなセシリアの心を知ってか知らずか、母の言葉はまだ続く。


「貴方の『走ったら何故かすぐに転ぶ病』は、かなりの重症なのですから、くれぐれも気をつけなさい」


 昔よりは大分マシになっているとはいえ、他の子達と比べるとその発生頻度は桁違いに多いのだから。


 続けられたその言葉は、確かにセシリアの事を思っての注意だったのだろう。

 そこに悪意や揶揄いの色は無い。



 セシリアの『走ったら転ぶ病』。

 その発祥は、物心ついた時からだった。


 走ったら転ぶ。

 何故か、転ぶ。

 障害物が無い平坦な道でも、転ぶ。


 ……否、何も本当にそんな病を患っている訳では無いのだ。

 セシリアは至って健康体である。


 しかし『病気か』と思わずにはいられないくらい、よく転ぶ。

 そりゃぁもう転ぶ。


 そういう体なのである。


 そしてそのメカニズムは、未だに解明されていない。


「一体誰に似たのかしらね」


 そう言いながら、何だか残念なモノを見るような双眸がセシリアを映した。



 兄姉は――姉は確かに運動が苦手ではあるが、それでもセシリアほどの運動音痴では無い。

 両親もまた然りである。


 おそらくは、どこか遠くの隔世遺伝か何かなのだろう。




 そんな他愛も無い雑談の中、一行の馬車がその速度を緩め始めた。

 そして馬車が、緩やかなカーブを描き始める。


 それを体感して、セシリアはふと窓の外を見やった。



 馬車に揺られる事約15分。

 貴族の家が並ぶ区画の中でも上等な場所に、その屋敷はあった。


 鉄造りの格子門を潜った馬車は、現在カッポカッポと蹄で石畳を叩きながらその屋敷の玄関前へと向かっている。



 門から玄関までの間に置かれている幾つもの白い石像が、後ろへ向かって流れていく。


 そんな景色を、セシリアは特に大した感動も無くただただ眺めた。




 ヴォルド公爵邸。


 その敷地は他の貴族とは格別した広さを誇る。


 門や屋敷は勿論、その庭に至るまで。

 設置されているものの全てに、過剰な華美が撒き散らされている。


 そういう風に、セシリアには見えた。


 だから。


(「流石は元王族」っていう事かな)


 心の中で抱いたその言葉は、勿論良い意味など含んでいる筈がない。


「ねぇお母様。あの沢山の石像には、一体何か意味があるのでしょう」


 その石像は、実に手の込んだものだった。

 チラリと見ただけでも、芸術品の域に入る出来だと分かる。


 しかし、だからこそ解せない。


 何故あんな雨ざらしの場所に置いているのか。

 そして、何故あんなにも沢山並べているのか。


 そんな疑問を持ったセシリアに、クレアリンゼがにこりと微笑む。

 

「あれはね、セシリア。彼らの、元王族としてのプライドそのものよ」


 彼女は確かにその顔に笑みを湛えていた。

 しかし、目が笑っていない。


「プライドというものは、本来自分の信念を支える為の物の筈なのだけれど……世の中には『見せびらかす』以外の使い所を見い出せない残念な人達も居るのよ」


 それは、まさに毒舌だった。

 しかもそれが彼女の紛れもない本心なのだからどうしようもない。


 そしてそんな毒に、セシリアは。


「なるほど」


 ストンと落ちるように、納得した。


 そして。


「つまりあの石像も公爵家のプライドも、無駄なモノだという事なのですね」


 そう言って、母とよく似た顔で笑う。



 

 そもそもこういう人種とオルトガン伯爵家の人間は、どうしようもなく相性が悪い。


 片や、自分の為に権力を財力という形で誇示する家。

 片や、領地と領民の為に権力を使わんとする家。


 そもそも家としての考え方からして対極にあるのだ。



 だから今目の前で暗に


「お母様、あれを置く意味ってあるの?」

「全く無いわ、ゴミよ。あれは」


 という主旨のやり取りをする主人達に、使用人達は苦笑いこそすれ、否定したり窘めたりする事はなかった。

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