第15話 王城以来の社交を選んで


 王城での社交パーティーから、約3週間が経過した頃。

 セシリア宛に、とある招待状が届いた。



『お茶会を行いますのでぜひお越しください』


 そんな内容が長文で綴られた手紙と共に同封されたその招待状を見るに、どうやら開催日時は手紙が届いた日から1週間後。

 時間は、11時から15時まで。

 昼食込みの、庭園での立食パーティーであるらしい。




 今までは全ての招待状を断ってきたセシリア。

 その理由に「参加する社交場は慎重に選びたい」という文言を使ってはいたが、本心は違う。


 時を待っていた。

 それが、理由を最も端的に示した言葉だろう。



 だから母からのこの手紙を見せられた時、セシリアは「遂に『その時』が来たのだ」と思った。


「セシリア、これになさい」


 案の定、クレアリンゼもそんな風に言う。


「どうせ、いつかはぶつかる相手なのです。早めに済ませておきたいでしょう?セシリアも」


 コレなら、貴方が求める条件も満たすでしょうし。


 そんな母の言葉に頷き返す。




 そのパーティーの主催者の名は、ジンディアルト・ヴォルド。


 ヴォルド公爵家当主であると同時に、彼は先日セシリアのドレスを汚す原因となったあの誇張話の主・エドガーの父でもある。


 そしてヴォルド公爵家というのは『革新派』のトップ。

 大方同派閥の重鎮・モンテガーノ侯爵のお願いでもされたのだろう。


 となれば、十中八九侯爵と共にその息子・クラウンも来るだろう。

 これでドレスに関するなんらかの決着を付ける事ができる。


(まぁ、向こうが取ってくる手段は……和解からの対外向けの仲良しアピールっていう所かな)


 なんて独り言ちていると、クレアリンゼの楽しげな笑い声が聞こえてくる。


「きっと真実に近い噂が大きな広がりを見せているから、侯爵も焦っているのでしょう。全くなりふり構っていないもの」


 こちらの予定通りに動いてくれて、扱いやすいったら。


 なんて、彼女が言葉を続ける。




 確かに全ては予定通りにここまで来ている。


 パーティーから1週間を経たずして、モンテガーノ侯爵家から謝罪の手紙とお茶会への招待状が届いた事も。


 それを体良くあしらうと、今度は「セシリアがどの社交に出席するのか」という探りが方々にあった事も。


 そしてセシリアがどの社交場にもまだ参加の予定が無いという事が判明すると、同派閥の人間伝手にお茶会や夜会への招待状を送ってきた事も。


 そして、今回については。


「侯爵も、さぞかし業腹だったでしょうね。それでもこの選択肢を取ったという事は、もう後が無いと感じているという事でしょう」


 勿論これも、想定していた事である。




 招待を断るのなら、断れない相手に打診して貰えばいい。

 つまりは、オルトガン伯爵家よりも爵位が上の他家だ。


 そしてそうなると、グランが頼るのは必然的にヴォルド公爵家一択になる。



 侯爵自身の家を除いて、侯爵家は後2家存在するが、そのうちの1つはテンドレード侯爵家。

 対立派閥である『保守派』の筆頭である。


 彼にとっては「借りを作りたくない相手No.1」の為、間違いなく避けるだろう。



 もう一つの家・スドナ侯爵は、そもそもあまり社交に興味が無い。

 打診したところで断られるのがオチだ。


 そんな所へ恥を忍んで頼み事をするなど、彼的には論外だ。



 となると、選択肢はそのまた上、公爵家でしかあり得ない。

 そして現在、公爵家は1家しか存在していない。


 そして先の二つと比べると、公爵家は同派閥で交流もある。

 そこに縋りたくなるのは人間の心理として至極真っ当だろう。


「さて、セシリア」


 一人きり笑い終わって、クレアリンゼがそう話の転機を作った。

 「ここからは真面目な話だ」と感じ取って、セシリアも佇まいを正す。


「彼らの目的は、セシリアとの友好を周りに示し噂を払拭する事。だからその目的の性質上、招待客は派閥に関係無く幅広く集めている筈」


 短期決戦を望んでいるんですもの、おそらく主要な家にはほぼすべてに声を掛けているでしょう。

 

 その言葉を聞いて、セシリアは「ふむ」と考え始めた。



 ここまでクレアリンゼが示した『この社交を受けるメリット』は、全部で3つ。



 1つ目は、モンテガーノ侯爵との一件にどんな形であれ決着を付けることが出来る事。


 派閥関係の無い衆人観衆の下で付けられた決着ならば、その後事実と異なる噂を立てる事もできないし、侯爵も権力を笠に着た横暴は出来ないだろう。



 2つ目は、事の発端を作ったと言っても過言ではない公爵家に対して、直接何らかの意趣返しが出来る機会を得られるという事。


 社交場に於いて主催者は、場を仕切り快適に保つ義務がある。


 そんな場所でもしも『何か』が起きたとしたら。

 その結果、場の空気が白けたりしたら。


 彼らが他の貴族達から評価を下げられるのは必至だ。

 そしてそれはセシリアにとって、十分な意趣返しとなるだろう。



 3つ目は、派閥関係なく多くの貴族が一堂に会する場所での社交は、実に『効率的』であるという事だ。


 先日のパーティーで早めに退場し、以降一度も社交の場に出ていないセシリアからすれば、そこは恰好の社交場だ。


 何故なら、本来ならば仲良しグループ毎に開かれる社交場を幾つも回らなければ顔を合わせられない様な人達が、一堂に会するのだ。


 間違いなく、社交の手間と時間を省ける。



 そう。

 これはセシリアにとって当初の2つの条件の上に好条件を重ねた、正に理想的な場所なのだ。


 それこそ、面倒事は『効率的』に済ませてしまいたいセシリア好みの場所である。


「お母様。私、参加します」

「そう、分かったわ」


 セシリアの声に、クレアリンゼは「最初から分かっていた」と言わんばかりに軽い口調で答えた。


 そして、こう言葉を続ける。


「モンテガーノ侯爵の件、『どちら』に転ぶかは彼らの動き次第でしょううけれど」


 そう前置いてから、クスリと表情に笑いを含ませる。


「例え『どちら』に天秤が傾いたとしても『大丈夫』だから、貴方は好きにやりなさいな」

「ありがとうございます、お母様」


 いざとなったらフォローもしますしね。

 そう言ってくれた母に、セシリアは首を垂れて感謝した。

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