第14話 ツテを辿った、その結果



 それから数える事、1週間と少し後。

 グランは執務室でわなわなと体を震わせていた。



 手に握られているのは1通の手紙。

 それをクシャリと握りつぶして、グランは叫ぶ。


「何故だっ!!何故どの社交にも参加しない!」


 その声に答える者は誰も居ない。



 現在執務室に居るのは主人であるグランと、その筆頭執事・バエルの2人だけである。

 他の使用人達は、例に漏れず室外へと逃し済みだ。


 こうなったら、グランはいつも周りに当たり散らす。

 それを知らないバエルではない。


(可能性を考慮して自分以外の使用人を室外に避難させたのだが、安全策を取っておいて正解だった)


 そんな風に、バエルは心中で独り言ちる。




 グランが今握りしめている手紙は、ついさっき他貴族の家から届いたものだ。


 そこにはグランがコネを使って送らせた社交参加の打診について、その返答の如何が書かれている。


 バエルはその内容をまだ見ていないが、主人の様子を見るに、先方はどうやらまた参加を断ったようである。


(これが最後の返答だったから……)


 そうバエルが心中で呟いた直後に、グランが机をグーでダンッと叩く。


「何故だ! 何故社交に出てこない! 今が大事な時期だろうにっ」


 腹立たし気な声と共に、グランが奥歯をギリッと噛みしめる。




 社交界デビューを果たした初年度というのは、例えば畑を耕すようなもの。


 様々な人に顔を見せ、知ってもらい、今後に活かす。

 その為の時間として使われる。


 故に、露出を多くするのが定石だ。

 だというのに。


「そうでなくともオルトガンは、社交界デビューまで外に出てこない。他貴族よりも、より活発に動かねばならない筈だ。そうだろう? バエル」


 主人に同意を求められて、バエルは頷く。


「多少の粗相があっても『まだ初年度だから』と比較的許してもらいやすい。その点において、初年度の内に露出を増やして社交場に慣れておくという事は大切な事です」


 デビュー初年度は、周りからも「新顔だ」と認識されやすい。

 

 対して2年目くらいからは、例え交流が無くとも相手の顔に見覚えが出てくる。

 だからそのアドバンテージが得られるのは、主に初年度くらいなものだ。


 そういった主旨の事を、バエルはつらつらと言い述べると、最後にこう付け足した。


「おそらく2年目以降は、徐々に『まだ出来ないのか』と言われるようになっていきます」


 失敗など、年齢が上がる毎にどんどん出来なくなっていく。

 地位があれば、ある程に。


 そう言って主人の言を肯定すると、彼は「ならば」と口を開く。


「そんな時期にオルトガンが娘を社交に出さないのには、どんな思惑があるのか」


 ……お前はどう思う。

 唸るように、グランがそう尋ねてきた。



 それを受け、バエルは少し考えるそぶりを見せる。

 

「伯爵家の上のお子様方は、初年度から積極的に社交へと参加しておられる様でした。そんな中でセシリア様のみが参加されない理由があるとすれば……」


 そうして、思考を言葉に変える。


「例えば『場数を踏むまでも無く、既に一定の社交スキルを持っている』、かつ『彼女自身が社交にあまり積極的ではない』場合」


 それならば、彼女が本来ならば社交場で経験を積むべき今の時期に、社交場へと出てこない説明は付く。


 ただし。


「伯爵がその勝手を許しているならば、ですが」


 その声には、釈然としないものが乗っていた。

 そんなニュアンスを感じ取って、グランはポツリと零す。


「となると、やはり原因は例の噂か」

「だと思われます」


 今の状況で社交場に出ても、おそらく貴族達からその件についての質問攻めに合うだろう。


 そこで何か下手を打って自分にとって悪い噂に転じるくらいなら、たとえ社交経験の機会を多少犠牲にしてでも、噂話が落ち着くまでは社交に出ない方が良い。


 そういう判断が為された可能性は、十分にある。




 バエルの肯定に、グランは「うーむ」と唸る。



 もしも、自分が同じ立場なら。

 確かにそういう判断をしたかもしれない。


 「今年度大コケをして翌年以降に響くよりは、噂が収まってから社交経験を積んだ方が安全だ」と。



 しかし、それではこちらが困るのだ。

 何とかあちらを社交場に引っ張り出さなければ、早急な対処が出来なくなる。


 そう、これは時間との勝負なのだ。




 掛けた時間と労力の多さにも関わらず、進展が全く無い。

 そんな現状に、グランは焦る。



 どんなに手を打とうとしても、まるで手応え無い。


 まるで見えない何かに囲われていて、逃げ道など最初から用意されていないかの様な。

 その上で、背後から不穏な足音が少しずつ忍び寄ってきている様な。


 そんな気がしてならないのだ。


 何故そう思うのかは、分からない。

 しかし分からないからこそ、言いようのない焦りがグランを襲っているのだ。



 急に悪寒を感じたような気がして、グランは思わずブルリと身を震わせた。


 もしもこの嫌な予感が当たるのなら、行き着く先は『王族案件』だろう。

 そうなる前に、何としても手を打たねば。




 どうする。

 どうすればいい。


 グランは脳内で、自問自答をする。


 そして、ハァーッと息を吐いた。



「仕方が無い、あの方に話してみよう」


 本当は頼りたく無かったが、背に腹は代えられない。

 先方には迷惑をかける事になるだろうが、此処は頭を下げてお願いするしかないだろう。


「……まさかオルトガンも、自分より上の爵位の者からの招待ならば断われまい」


 そんなグランの呟きが、静かに響いたのだった。


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