第14話 青田買いの方法

 


 男はまず指を一本、まるで見せびらかすかの様に少年の前へと突き立てた。


「まずは、飲み物を用意する。出来ればワインとか、服が汚れると目立つ色の物が良い」


 初っ端から、何ともキナ臭い感が否めない。

 嫌な予感がして、ゼルゼンは内心で顔を顰める。


「次にターゲットを見つける。よく探して慎重に選べよ? できるだけ間違いがない様に見極める、それが一番大事だ。」


 後で間違いに気付いて婚約破棄するにしても、確実に時間のロスになるからな。

 2本目の指を立てながら、男はご高説を垂れている。

 し、本当に呆れたものだ。


(『間違い』はお前のその言動だ)


 相手は年上だが関係ない。

 出来る事ならそう言って、拳骨を落としてやりたい。


 しかし身分の問題も、今日は伯爵家の使用人としてこの場にいるという事実もある。

 流石に実際にはできない。



 しかし、ここまでくると。


(嫌悪感や呆れが、腹立たしさへと変わってきたな)


 沸々と怒りがこみ上げてくる。

 そして、こう思った。


 これ以上はきちんと聞いても大した情報も得られそうにない。

 ただフラストレーションが溜まるだけだ、と。



 その結果、ゼルゼンはこの件に関する思考を放棄した。

 そして彼らの言葉を出来るだけ丸暗記する事に注力し始める。



 一方、そんなゼルゼンの心中の変化どころか聞き耳がある事にさえまだ気付いていない彼が、3本目の指を立てた。


「そして、ターゲットに飲み物を――かける」


 男は此処で、手に持った何かを相手に向かって引っ掛ける様なジェスチャーをしてみせる。



 その顔には、悪い笑みが灯っていた。

 この場所と服装の補正がなければ街のゴロツキと何ら変わりない。


 そしてそんな男の話に、あろう事か少年は目をキラキラとさせていた。

 それこそ、これを何かの英雄譚であるかの様に。


 そんな少年の前に4本目の指が立てられる。


「そして、まずは『悪気はなかったのだ』と言って詫びる。そしてこう言ってやるのだ」


 その言葉の後で、彼は一度小さく咳払いをした。

 そして佇まいを少し整え、右手をスッと前に出す。


「――その服ではパーティーを楽しめまい。お詫びに新しいドレスを手配するから着替えよう」


 相手の手を引く様に出された右手と、先程のゴロツキ顔は何処へやら、貴公子と思えなくもない笑顔で、言葉が紡がれた。


 しかしその佇まいもほんの一瞬の事である。

 すぐに通常運転に戻って差し出した手をヒラヒラと空に振る。


「そう言って、ターゲットを別室に誘い出すんだ。そうすれば2人きり、誰にも邪魔されずにターゲットとの距離を詰めていける」


 そんな話を丸々暗記しながらゼルゼンが考えていたのは、「もしもセシリアならば」という事だった。


(これには『色々なリスク』がある。そもそもセシリアがそんなものを踏みにいく事はあり得ないだろうから、そうなると即刻拒否かな)


 セシリアにとってはおそらく、相手の身分が上だなどという事は関係ない。

 そんな物に首を垂れる彼女でもなければ、それを強制する両親でもない。


 しかしまぁ、もしもそうなれば。


(俺が何かしらフォローに回る必要があるんだろうなぁ……)


 そもそもそれが今日のゼルゼンの仕事でもある。

 しかしだからといって大変な事には変わりない。


 出来る事ならばそうならない未来を望みたいものである。


(あわよくば、何も起こらずに今日が終われば良い)


 そんな願望を抱いたゼルゼンだったのだが、それはすぐに崩れ去る事になる。



 そう、謁見の場で珍事が起きたのだ。

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