第10話 掛けられた声の、その理由
すると「それよりも」とキリルが話を切り出した。
「結局お父様にはあった『王子がセシリーに話しかける心当たり』って何だったの?」
その言葉に、マリーシアも「確かにそれは気になるわ」と聞く体勢になった。
「それが、その……」
そんな2人に挟まれて、セシリアは少し口籠る。
しかし興味を示した2人から逃げる術を、セシリアは持っていない。
そしてこの場の議題的にも、これは避けては通れない話でもある。
(ちょっと気恥ずかしい気もするし、言いにくいけど)
しかし話し手がセシリア1人しかいないのだから仕方がない。
「お父様曰く『一目惚れ』だろう、との事で……」
「一目惚れ?」
おそらく予想の斜め上をいく答えだったのだろう。
キリルがオウム返しに訊ね返してきた。
そんな彼に、セシリアは居た堪れない気持ちで「……はい」と小さく告げる。
「どうやらお母様も、デビューの際に王子から同じような声の掛けられ方をした様で……」
クレアリンゼのデビュー時に、声を掛けてきた王子。
それが誰なのかという答えは、たった1つしかない。
当時、沢山の王家の血筋の者が生まれた。
しかし幾ら生んでも、何故か皆女ばかりだった。
最後の1人を除いては。
最悪、初の女王を王座に据えるという話も出たらしい。
しかし末の王子は怪我も病気もなく成長し、それなりの頭も持ち合わせていた。
その為、彼が王位を継承する事となったのだ。
それが、現在の王である。
マナーを無視して謁見の場で私的に声をかけてきた王子に、クレアリンゼも彼の行動原理が見出せず、当時は困惑したらしい。
しかし不明だったその理由は、2年後にひょんな事から発覚する。
「一目惚れしたから」だったのだ、と。
そんな風に説明すれば、マリーシアが少し考え込む。
「なるほど、一見とっぴに見える行動原理だけれど、父親が起こしたのならば同じ様な思考回路に育った子供が起こしても不思議ではない……という事かしら」
王が王子の言動を諫めなかったのは、もしかしたら王子に、かつての自分を重ねたからなのかもしれない。
そんな姉の考えを聞いて、セシリアは心底呆れる。
(つまり、「気持ちは分かるし、自分も昔同じ事をした。だから人このとはいえないよなぁ」という事なのかな。だとしたらーー)
あまりにも息子に対して無責任すぎる。
自分が過去に同じ鉄を踏んでいたのなら、そこは尚更諫めるべきなのではないのか。
そう思わずにはいられない。
しかし、それにしても。
「何故私なんでしょうか? だって私には、別に一目惚れされる様な事に覚えがないんです」
ならばもしかして、彼としては相手は誰でもよくて、たまたまセシリアがそれに当たってしまったとか。
でも。
(同い年の女の子の謁見というのなら、私の前に1人居た筈だ)
そんな風に思いながら、何故かドヤ顔ですれ違ってきたあの少女を思い出す。
(でも彼女達の謁見は下から見てたけど、私みたいに何かがあった様には見えなかった)
謁見にかかった時間から考えても、それは確実だろう。
結局、答えは出ない。
兄姉を見ると、彼らも2人して「うーん」と思案顔だ。
しかし言葉がすぐに出てこないあたり、おそらく「これは難題だ」とでも思っているのだろう。
3人の間に、沈黙が降りた。
シンキングタイムだ、皆が思考の沼に沈んでいく。
しかしそんな中、マリーシアが周りの変化に目敏く気づいた。
「ゼルゼン、何か気になったことでも?」
主人の姉にそう問われ、ゼルゼンはピクリと反応する。
ゼルゼンには、「俺はきっと3人の知りたい答えを持っている」という自覚があった。
しかしセシリアの私室でいつもの調子での発言ならば未だしも、TPOを弁えて行動している今、不躾に発言する事は少し憚られた。
……否、違う。
本当は一種の気まずさを感じていたのだ。
話の内容に対して。
結局彼は、TPOを弁えるという体裁に便乗し、気まずい事態を避けるためにダンマリを決め込む事にした。
それだけである。
しかしそんな大義名分も、こうも名指をしされてしまえばすぐに効力を発揮しなくなってしまう。
そんな現実に、ゼルゼンは心中で深いため息をついた。
因みに、この問いの正しい答えを持っていたのは、何もゼルゼンだけでは無かった。
この場の使用人達の中の数人は、おそらく答えを知っていただろう。
だからゼルゼンの不運はただ一つ、マリーシアに見つかってしまった事だけだ。
とは言っても、彼の定位置は使える主人の斜め後方、つまりはセシリアの後ろだ。
セシリアと向かい合う様にして話す彼女の視界に入ってしまうのは、位置的に仕方がない事ではある。
「……実は私も昨日のパーティーに追従するまではあまり意識をしていなかったのですが」
ゼルゼンは、まずそんな風に前置いた。
そして『真実』を告げる。
「オルトガン伯爵家のお子様方は皆様、世間一般的にいう所の――美形でいらっしゃいます」
その言葉が発せられた瞬間、3人の囲んだテーブルの時間が一瞬止まった。
3兄妹が皆一様にきょとんとした表情になっているのを見て、ゼルゼンは思わず独り言ちる。
(普段はあまり気にしてなかったけど……こういうちょっとした瞬間がよく似てるよな。流石は兄妹)
そんな風に思わず感心しながら、彼は言葉を続ける。
「昨日のパーティー、王への謁見が終わるまでの間、私は周りの反応や様子を遠巻きに見聞きしていたのです」
謁見が終わるまでの間、セシリアは終始ワルターと一緒だった。
その為、どうやら彼は「その間は1人で間に合うから、随伴の必要は無い」とあらかじめマルクから言われていたらしい。
そして。
「周りを観察していて分かったのです。オルトガン伯爵家の皆様の容姿は、周りのウケが良いと」
彼らの容姿がいい事には、前から気付いていた。
しかしそれは周辺の人間、つまり使用人たちと比べて、だ。
だからその差は平民と貴族の差だと思っていたのだが。
「皆様は、他の貴族の中に混ざると容姿がより際立ちます」
つまりは目立つのだ。
それは「有力な伯爵の家柄だから」とか「伯爵家に立つ噂が少々特殊だから」というだけではない。
しかしそれを、伯爵家の面々ははあまり自覚していない様に見える。
それも。
(セシリアだけじゃなく、キリル様もマリーシア様も、そういう感じなんだよなぁ)
それがセシリアのデビューの際に遠巻きに見ていて気付いた、ゼルゼンが感じた3兄妹への印象である。
「……え?」
「ですから、美形だから王子に一目惚れされたんですよ、セシリア様」
「……えぇ?」
「別に冗談とかでは無いですから」
セシリアがまるで『信じられない物を見た』とでも言いたげな目で「嘘だぁ」とアイコンタクトしてきたので、「嘘じゃねぇよ」とジト目で返してやる。
しかしそれでも、セシリアは信じる気配を見せない。
そんな主人に、ゼルゼンは小さくため息を吐く。
(最初から信じる気がないんだから、埒があかない)
心中でそんな風に呟いてゼルゼンは、今度はキリルへと体を向ける。
「キリル様。もし発言を許していただけるのであれば、此処からは少し私視点で昨日の会場の様子について説明させていただけないでしょうか?」
使用人という立場で大変恐れ多い事ではあるのですが。
そう前置いた後でそんな提案をすれば、キリルが小首を傾げながら視線を向けてくる。
「うん?」
「皆様の外見に関する周りの評価もそうですが、セシリア様が昨日巻き込まれた『一連のあれこれ』の発端についても、少しは補足になるのではないかと思います」
そんな言葉に、キリルは顎に手を当てた。
「ふむ」と少し考えて、それから深く頷く。
「うん、確かにセシリアだけの視点に頼るよりも、より多角的に状況を判断できるかもしれない。それに何よりーー」
そう言って、彼はニヤリと悪戯っ子の笑みを向けた。
「使用人の視点から自分達を見るのも、ちょっと楽しそうだよね」
そして「という事で」とゼルゼンに告げる。
「良いよ。話してくれる?」
「ありがとうございます」
許可を受けて、ゼルゼンは一度小さく咳払いをした。
そして、彼目線の物語を語り始める。
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