第3話 『グーメルン伯爵』という人 ★



 だからセシリアは、まずはその心を言葉にした。


「ありがとうございます、グーメルン伯爵。私も是非、グーメルン伯爵とは仲良くさせていただきたいです。」


 そしてその後で、「あぁ、そういえば」とこんな話題を振ってみる。


「伯爵領で一昨年から起きた飢饉、去年時点では『終息しつつある』と耳にしました。その後、様子はいかがですか?」


 グーメルン伯爵領は定期的に飢饉が起きる土地。

 それは知識として知っていた。

 そしてその周期がちょうど今来ており、実際に飢饉に直面している事も。



 因みにこれはセシリアにとって、交友を抜きにしても聞いておきたい事だった。


 何故なら。


「あぁ流石は『オルトガン』の子供、良く知っている。この分だと君は、もしかしてその飢饉に『オルトガン』が寄付してくれた事も?」

「はい、知っています」


 彼の声に頷けば、彼は一層感心した様な顔で自身の顎髭を撫でる。



 セシリアはこの件には何も関わっていない。

 そういう事実を書庫にあった資料で読んで知っているだけである。


 しかし自領がした寄付の成果がきちんと現れているかどうかは気になるし、気にすべきだと思ったのだ。

 

「農地の状態もやっと元に戻って、今年は収穫率も問題ない」


 彼が教えてくれた現状に、セシリアはただ素直に安堵した。


 すると伯爵は嬉しそうに「うちの様子を気に掛けてくれてありがとう」と言いながら微笑みを向けてくれる。


「私は当たり前の心配をしただけです」


 彼のお礼にセシリアがそんな風に応じる。

 

 貴族が領地を、領民を心配するのは当たり前。

 それは他領に対しても同じだ。



 勿論他領故に、あまり余計な手出しはできない。

 しかし気持ちくらいは割くことはできる。


 まぁ結局は自領の方が優先なので、自分に余裕がある時だけに限るのだが。



 セシリアの言葉に、伯爵は何故か少し驚いた様な顔をした。

 そして「なるほど、流石はワルターの娘だ」と呟く。


「セシリア嬢、その『当たり前』が存外難しいんだよ」

「……?」


 どういう意味だろう。

 そんな疑問と共に首を傾げると、伯爵がため息まじりにこう告げる。


「我が領地は約20年に1回のペースで定期的に、原因不明の飢饉が襲う」


 ここまで知っていた君なら知っているだろう?

 そう問われて、セシリアはコクリと頷く。


 実際、セシリアは知識としてそれを知っていた。

 理由まだ解明されていない事も、しかしそれはどうやら土地由来であり、そこに住まう限りはソレが不可避である事も。


「定期的に起こる、というのがまた問題だ」


 伯爵は、少し悲しげな声色でそう告げた。

 その言葉で、セシリアはとある可能性に思い至る。


「……定期的なものであれば、周りは『いつもの事だ』と思う。だからわざわざ様子を気にする様な者は少ない、という事でしょうか」


 セシリアが確認する様に尋ねると、伯爵が「その通り」と答えてくれた。



 そして明るい声で「しかしまぁ」と、重くなっていた場の雰囲気を意図的に変える。


「領民達の生活も落ち着いた。最近領内では『今回は援助者達にどのような恩返しをするか』と、みんなで日々頭を悩ませている」


 援助者たち。

 そして、みんな。

 それらの言葉に、セシリアは「もしかして」と口を開く。


「グーメルン伯爵領の領民たちはみんな、我が領が飢饉の援助をした事実を知っているのですか?」


 セシリアはこの時、意図的に『我が領』という言葉を使って尋ねた。

 ソレはかの領地への援助が『オルトガン伯爵家の私財』から出たものではなく、領民からの税金の一部だからだ。



 貴族が正当な手段で私財を得るためには、個人的に商いをして収入を得るか、領民から徴収した税金の中から自分たちの働きに見合う分を差し引く必要がある。


 因みに、税収の中から過剰な額を私的に使うことは勿論、領地の運営費として国から支給された補助金を私的に使う事も『着服』、すなわち不正に当たる。


 その為大抵の貴族家は先の2つの選択肢から私財を得るのが殆どだ。

 


 そんな中、オルトガン伯爵家は貴族の中でも珍しく、私財というものを持たない。


 それは彼らが『必要最低限の生活に必要な物以外は全て領民に還元すべきだ』という考えの持ち主だからである。


 その為、彼らは生活に必要最低限の額を税収から支払う代わりに、それ以上の物は欲しない。

 だって『全ては領地の維持や活性化のために使われて然るべき』なのだから。



 つまりオルトガン伯爵家自体は、他領に対して援助する金を持っていない。


 では実際にどうやってグーメルン伯爵領に援助をしたのかというと、領民に申告の上で税収の一部をそちらに回したのだ。


 だから実質、援助は全ての領民たちがした事になる。

 だからセシリアは『当家』ではなく『我が領』という言葉を使ったのだ。



 セシリアの問いに、彼が「そうだよ」と答えた。


「飢饉中には、我が領の備蓄や国からの援助、そして前回と今回はオルトガン伯爵領の援助を使って、領民達に食べ物を配給している。その際にね」


 それが誰からの物なのか。

 領民たちにはそれを知る権利がある。

 

 そう、伯爵は言う。


 そして「これは我が領民のためでもあるんだよ」と苦笑した。 


「配給の量は、決して十分ではない。私達が領民に出来るのは、『人が死ななくて済む最低の量』の配給だ。みんな、飢饉が去るまではそれぞれに我慢を強いられる」


 おそらく領民を満足に助けられない自分の力不足を悔やんでいるのだろう。

 そういう気持ちが声の端々に滲み出ている。


 しかしそんな気持ちも、すぐに解(ほど)ける。


「でも、そんな苦境の中でも手を差し伸べてくれる人が居る。これは領民にとっての『光』だ」


 援助してくれているのが『領民の税金は領民に還元する事をモットーとする貴族』であり、この援助は領民たちの了承を以って為された物である』という話をする。

 そうすれば、その『光』を頼りにみんな頑張れる。


 そうして乗り切った後は、援助者達、つまりはオルトガン伯爵領の領民達に「何かお返しをしよう」という流れになる。


「優しくしてくれた相手にお返しをする。そうやって互いに助け合い共存できる関係性というのは、とても素晴らしく、人として正常だと私は思うんだ」


 そう言った彼は、とても誇らしげだ。

 自領の領民がそうあってくれる事、きっとそれが彼をそうさせているのだろう。



 しかし。


(『互いに助け合い共存できる関係は、素晴らしいし、正常だ』。きっとこんな考えを持つ彼の領地だからこその、領民達の気性なんだろう)


 そんな彼を見て、セシリアはそう思った。

 


 そんなセシリアの心を知ってか知らずか。

 伯爵はフフッと含み笑いをしながらこんな風に言葉を続ける。


「領民から『お返し』も、社交の終わりくらいにはそちらに送れるだろう。楽しみにしていてくれ」


 この一言で、この場は締めとなった。



 もっと沢山の事を話したいと思ったセシリアだが、互いに他の人との社交もある。

 流石に、いつまでもここで話している訳にはいかない。


 どうやら今年は社交シーズン後にオルトガン伯爵領へと足を運んでくれるらしい。

 楽しみにしておこうと思いながら、セシリアは伯爵と別れたのだった。



 ↓ ↓ ↓

 当該話数の裏話を更新しました。

 https://kakuyomu.jp/works/16816410413976685751/episodes/16816410413976937944


 ↑ ↑ ↑

 こちらからどうぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る