第21話 ささやかな楽しみを連れて



 するとマリーシアは少しキョトンとした。

 しかしすぐに納得の顔になり、フフフッと笑う。


「私達が今までお爺様のお話をしなかったのは、別に仲が悪いからではないわ。もしも私達がお爺様のお話を楽しそうにしていたらセシリアが羨ましがると思ったからなのよ」


 だから今後は我慢せずにいっぱい、お爺様の事を話せるわね。


 そんな姉の声に、セシリアは思わず納得する。


 確かにお預けを食らった状態で話だけを延々と聞かされていたら、セシリアだってちょっとはいじけたかもしれない。


「それで、セシリアはお爺様があまり社交がお好きではない事を知っているから、気にしているのね? 『今日は、来てくれるのか』って」

「はい……」


 懸念までも、ものの見事に言い当てたマリーシア。

 彼女にセシリアが素直にコクリと頷くと、安心させるように微笑が包み込む。


「心配しなくても大丈夫。お爺様は私達孫が社交界デビューする歳には必ず顔を出してくださるわ。だから多分今日も来ている筈」


 その言葉に、セシリアは瞳を煌めかせた。


 セシリアにとっては面倒でしかない社交界デビューへの大事なモチベーションの一つが、それなのだ。

 嬉しくない筈がない。


「お爺様ならきっとこちらから探さなくてもすぐに声を掛けて来てくれる。あの人は『人探し』が得意だからね」


 そんな風に言ったキリルに、ペリドットの瞳がまた煌めく。


「キリルお兄様、お爺様とはどんな方なのですか?」

「そうだね……」


 妹の問いに、兄は少しばかり悩むようなそぶりを見せた。

 祖父とは、そんなに言葉を探さないといけない様な人なのだろうか。


「色んな事を知ってるし、面白い人だよ。でもまぁ、何かと色々と豪快な人でもある。あの人が社交の場が苦手だっていうのも会ってみれば納得すると思うよ?」


 セシリアが抱いた一抹の不安に、キリルの「怖い人じゃないから大丈夫」という優しい言葉が浸透する。


 その温かさに安堵しながら、今度は期待を胸に窓の外へと視線を向けた。



 すると長い石畳の先に、また大きな門があった。

 そこで少し停車し、また門が開くのと同時に馬車が出発する。




 開いた扉の向こうには、とても明るい世界が広がっていた。


 先程までは足元が見える程度の街灯が石畳の脇に並んでいただけだったが、今回は更にその幅が短い。


 その道の先にある大きな建物には沢山の窓があるが、その全てに煌々と光が灯っていた。

 かつ外装には、夜でも良く見える様にする為だろうか、幾つかのスポットライトも当てられている。



 ライトアップされたその建物は確かにそれだけの価値があると思えるくらいに、実に綺麗なものだった。



 白い壁に青い屋根。

 所々に付いている装飾等のアクセントは金で統一されている。


 清潔、且つ神々しいイメージを与える建物だ。


「これが我がプレスリリア王国の王城だよ」


 兄の言葉に、セシリアは「これが」と口の中で呟いた。


 確かに王城だと言われれば納得だ。

 だって、とっても高そうである。


「内外に向けて王国の権威を示す為の建物だから、うちよりも余程豪勢に作って然るべきなのよ」


 心を的確に読んだマリーシアの言に「それもそうか」とセシリアは納得する。


 確かに国に従うべき貴族の家が此処よりも豪奢だったら、「家の豪奢さが一貴族に負けてしまう程この国は貧乏なのか」などと思われてしまうだろう。


(権威を示さねばならないというのも、ちょっと大変そうだね)


 なんて、ちょっと同情まじりに考えている内に、馬車の速度が段々と落ちてくる。

 それを体で感じて再び外を確認すると、馬車が丁度ゆっくりと、車寄せに滑り込んでいくところだった。




 完全に馬車が止まり、少ししてからゆっくりと馬車の扉が開く。


「じゃぁ行こうか、セシリー」


 キリルは柔らかな微笑みでそう言うと、開かれた扉の先へと馬車のステップを降りて行った。



 ***



「あぁ、馬車の中でのセシリーは確かに可愛かったよね。セシリーが心躍ってるあの感じは、小さい頃以来久しぶりに見た気がするよ」


 当時のセシリアの様子を思い出して、キリルが楽しそうに笑った。

 すると、マリーシアも楽しそうにそれを肯定する。


「あそこは私達が普段過ごしている屋敷とは全然違うから、セシリーがつい興味をそそられる気持ちも分からなくはないわ」


 そんな二人のなぜな嬉しそうな声を言を聞いて、セシリアはちょっとだけ思考する。



 好奇心旺盛なセシリアは、基本的に新しい物や風景に対しては何でも、取り敢えず心躍らせる傾向にある。


 しかし確かに貴族教育が終わった6歳頃以降は、あまり心躍る場面に直面する事が無かった様な気もする。



 例えば惰眠を貪ったり、ティータイムを優雅に過ごしたり、庭などを散歩したり。


 6歳以降は主にその様な生活が中心となっていた。


 それは、彼女にとって酷く落ち着く有意義なものだった。

 しかし同時に慣れた生活の中には自身の好奇心を満たしてくれるような新鮮さからは遠ざかっていた。



 たまには調べ物をしては新しい事にチャレンジしたりもしたが、その事実は食卓でのセシリアとの会話で知っていても、彼ら自身が実際にそこに居合わせてることは無い。


 だから好奇心に胸を躍らせる彼女の表情を見る機会も早々に訪れない。


 だから二人は『久しぶり』だなんて思うのだろう。


「そうですね、確かに珍しいものではありましたけど」


 二人の言う通り、確かにあの時は好奇心もそれなりに抱いていた。


 しかし、申し訳ない。

 それ以外のことの方が気になっていたのだ。


「もしも我が家があんな無駄に煌びやかな屋敷だったら、無駄に広い城門の中の庭園や外装に当てられていたスポットライトなんかは、まずお母様が即撤去の上別の事に有効活用しそうだなと思いました」


 そんな事を考え、『ならばどう有効活用するのが良いだろう』と思案していた。

 どちらかと言うと、新しい景色よりもそちらの方に好奇心を働かせていたのだ。



 まるで観念する様にそう告げたセシリアに、キリルは一瞬キョトンとなった。

 しかしすぐに、これまた楽しそうに笑う。


「あぁ確かに『効率』好きなお母様ならやりそうだ」


 そんな二人のやりとりに、マリーシアの同意もすぐさま追従するのだった。

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