第23話
停学は予定通りの日数できっちりと終わり、復帰の日に翔太は朝のホームルームの場でトラブルを起こしたことを詫びさせられ、それが最後の禊となった。
翔太が神妙に頭を下げると、教室中は笑いとふざけた野次と喝采に満たされた。「笑える」というのは翔太の人徳だった。実際、誰もが停学の終わりを喜んでいた。停学という罰が笑い飛ばされたことは翔太の心を軽くした。
教室を眺め渡し、斉藤と持田がほっとしたような顔をしているのを見ると、翔太は改めて日常生活へ戻ってきたことをしみじみと嬉しく思った。
翔太は着席しようと机の間を通り抜けて行くと、見慣れない坊主頭を発見しぎょっとして立ち止った。よく見るとそれは茶髪だったはずの石井だった。
石井は見事なまでに青々と剃り上げた頭でむっつりとした表情で座っていた。
着席すると斉藤が囁いた。
「石井、罰として丸刈りにさせられたんだよ」
「マジで」
「だから俺、翔太も坊主になってんのかと思った」
「俺そんなこと言われてない」
「てことは、翔太は停学で石井は謹慎プラス坊主か。どっちが重い罰なんだろうな」
「……」
ピアスもはずして坊主頭になっている石井の後頭部を見ながら、石井にとっては自業自得とはいえ何よりつらい罰ではないだろうかと思った。
とはいえ、同情する気にはなれなかった。そんなことよりも、ちらともこちらを見ない石井より、翔太は自分の前の席が空席になっていることの方が気になって仕方がなかった。
翔太は持田に尋ねた。
「ツネちゃん、ずっと休んでるんだって?」
「ああ」
「なんで」
「なんでって……。来たくないからだろ」
「だから、なんで」
「お前、それ、本気で聞いてんの」
「……」
「翔太のしたことが間違ってるとは思わないけど」
持田はそう前置きしてから続けた。
「結果としてはツネちゃんが学校来にくくなったよな」
「……」
「まあ、お前のせいではないけどな」
「それ俺のせいって言ってるようなもんだろ」
「別にそうは言ってない。石井が悪いのはみんな分かってることだし」
「もっちー、時々、けっこう冷たいっていうか、厳しいよな……」
翔太が小さく呟いた。
「俺が冷たいんじゃなくて、お前が考えなしなんだよ」
持田はふんと鼻を鳴らした。もちろん本気で翔太を責めているわけではなかった。翔太のお人好しさと熱血漢とがまるでいい方向に作用していないのにいらいらしていたのは事実だが、逃げるようにして欠席を続けている常山にもいらいらしていた。
翔太の停学がとける日は分かっていたはずなのに、もしも常山が責任を感じているとしたら、いや、少なくとも自分をかばってくれた翔太に感謝の気持ちがあれば登校してきて翔太を迎えてやるのが筋ってものではないのか。石井の報復を恐れているのかもしれないが、持田は丸坊主にさせられた石井からはそんな気力はもうないと見ていた。
「もっちー、その辺にしといてやれよ。翔太悪くないんだから」
斉藤は持田にちくちくとやられている翔太に助け舟を出した。
「ああ、分かってるよ。翔太は悪くない。でも、だからといっていい結果は招いてない」
「よせってば」
皮肉っぽい笑いを浮かべて持田はそっぽを向いてしまった。翔太はますますいたたまれなかった。
然しながら翔太がいない間、斉藤は空席になっている常山の席を眺めては、このまま常山が不登校となり学校を辞めてしまっても仕方がないと思っていた。それは誰かのせいではなくて常山の弱さだからだ。
良くも悪くもこの学校では「弱い」者は生き残っていけない。図太くなければすぐに弾きだされてしまう。常山の弱さが際立っていて標的にされるのだとしたら、それはこの先何度でも第二、第三の石井が現れ同じことが繰り返されるだろう。そして、例え翔太でもそれを毎回救うことなどできはしないのだ。
斉藤は気休めと知りながら「気にするなよ」と翔太に声をかけた。翔太は鼻先で「ふん」と返事をした。
翔太は持田の言うことも気になったが、それ以上に生徒会長の言葉が思い出されて泣きたいような、叫びだしたいような葛藤に押しつぶされそうになっていた。
翔太は、いつもおとなしく静かな常山が気になっていたのも本当だし、石井のような奴が許せないのもまた事実だった。しかし、だ。自分と常山が「友達」かというと、それには答えられなかった。
たまたま同じクラスで、自分の前の席に常山が座っていて、図書室でよく顔を合わせるというだけで、親しく話したことがあるわけでなし、常山が自分のことを友達などとは思っていないだろうと思った。それは寂しいことかもしれないけれど、翔太は常山の気持ちが分からず自信が持てなかった。
「なにはともあれ、さ、翔太復活でこれでブラバンもまともに練習できるよな」
斉藤が暗い顔をしている翔太の背を元気づけるように叩いた。
「あっ、そうだよ。翔太、お前、大島が激怒してたぞ。斉藤が出した活動予定、あれ、やばいよ」
思い出したかのように持田が口を挟んだ。
「野球部の応援。あれ、もう、野球部の顧問まで話しいってるらしいよ」
「……ああ、うん。生徒会長に、予定は未定とかいうのは通らないって言われた……」
翔太は心ここにあらずといった様子でぼそっと呟いた。
「マジで! お前、どうすんだよ!」
「……うん……」
「ちょっとー、どうするつもりだよー。四人で野球部の応援ってありえないだろー」
「……四人じゃ、無理かな」
「無理だろ。やばい。これは、やばいよ」
「四人じゃなかったら、じゃあ、何人ならいいんだよ」
「え?」
持田と斉藤は顔を見合わせた。またこいつは何かとんでもいことを考えているに違いない。落ち込んだような抑揚のない調子だったが、もう心はここにないといった顔つきだった。
二人にはもういい加減翔太という人間の性質と行動パターンが分かっていた。そして止めても無駄だろうということも。二人は黙って翔太の様子を見つめていた。
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