第11話
図書室は今日もひっそりと静まり返っていた。例によってカウンターには常山が座り、翔太たちを見ると「あっ」と小さく声をあげ、慌てて立ち上がりカウンターの端に後退して、身を縮ませた。
翔太は気さくな調子で、
「ツネちゃん、この前はごめんな。大島になんか言われなかった? 大丈夫だった?」
「……」
「大島、いる?」
尋ねると、常山は小さく頷き、そうっと人差し指を翔太たちの後方に指し示した。すると、ずらりと並んだ本棚の後から大島が顔を出した。
「お前ら常山いじめてんのか」
「そんなわけないだろ。人聞き悪いな。なあ、ツネちゃん」
大島は両手に分厚い本を抱えてカウンターの方へやってくると、翔太たちをじろりと睨んだ。
「俺らツネちゃんと同じクラスなんすよ」
斉藤が言った。
「そうそう、俺の前の席がツネちゃん。な、ツネちゃん」
呼びかけても常山は返事をしない。ただ困ったように視線を彷徨わせるだけだった。
「それより、先生。ピンチっす」
「それより、じゃねえよ。お前らこの荷物いつどけてくれるんだよ。俺が仕事できないだろ」
「今それどころじゃない」
持田が一歩前へ出た。大島はカウンターに置いた本をぱらぱらめくり、まるで気のない態度で「ふん」と鼻先で返事した。
「今日、備品監査」
「ああ、終った?」
「終わるどころじゃないっす」
「なんで」
「楽器が足りない」
「は?」
大島はその言葉に持田の顔をようやくまともに見た。持田はもう一度くっきりと言った。
「楽器がひとつ足りない。生徒会はそれがどこに行ったのかはっきりさせろって言ってる。来週もう一度監査をするって」
「……何が足りないって?」
持田がちらっと翔太に視線を送った。翔太は答えた。
「アルトサックスです。田口さんのパートの」
「……」
「生徒会は来週は必ず田口さんにも来るようにって」
「……田口……」
大島は呻くように呟いた。
この前もそうだったが、この人は田口さんと何か特別な関係でもあるのだろうか。田口さんの名を口にする時、苦悩と困惑の入り混じった物悲しい顔をする。部室が田口さんによって勝手に倉庫と化していた事に対しても怒るよりは悲しみの方が勝っているようだった。
「田口さん、学校来てないんですか」
「……来てる日もあるだろうけど、俺は二年の授業受け持ってないから」
「じゃあ連絡ってつかないんですか」
「田口と?」
「とにかく俺ら会わないことには。だいたい田口さん俺らがブラバン入ったこともまだ知らないんでしょ」
「……」
島は大きなため息をつき、よろめきながら手近にあった椅子を引き寄せてどさりと腰をおろした。そして机に肘をつき手のひらで額のあたりを押さえながら、暗い声で言った。
「田口なら、ライブに出てる」
「ライブ?!」
翔太は思わず頓狂な声をあげた。
「バンドやってるからな」
「どこで?」
「……お前らさ」
「はい」
「田口とブラバンやりたい?」
「そりゃあ、まあ」
「……。じゃあさ、それ、本人に直接言ってみな」
大島は上着の内ポケットに手を差し込むと、財布を取り出し、中から小さく折りたたんだチラシを取り出した。
「ライブハウス、ここ。このチラシあると前売りの値段で入れるから」
「なんでこんなの持ってんの」
持田が横あいからチラシをさらって、大島とチラシを交互に見ながら尋ねた。
大島はますます観念したように溜息をこぼした。
「バンドのメンバー、俺の大学ん時の友達」
「ええええっ」
翔太たちは驚きのあまりのけぞり、三人揃ってチラシを覗き込んだ。
折り目がついてしわしわになったチラシはモノクロ印刷でパンクな雰囲気とでもいうか、いかにも「ライブ」のチラシですという感じでタイトルと出演者がコラージュで描かれていて、三人は今一度大島の顔に見入った。
大島は頭を抱えるようにして、
「お前らと田口で話ししてみろ」
「先生、いっこ聞いてもいい」
「なんだ」
「先生、田口さんとも友達なわけ?」
「馬鹿。俺は今は教師だろ」
「……」
あ、友達なんだ。翔太はそういえば大島がまだ若いことを思い出し、それから、また一つパズルのピースがぱちりと嵌るような気がした。
何やら落ち込む大島に追い出されるように図書室を出ると、翔太は部室に戻る道すがらチラシをもう一度よく読もうとして「あっ」と声をあげた。
「どうした」
「ライブ……」
「今日じゃん」
「えええええっ」
持田と斉藤が叫んだ。どうりで大島がチラシなんか持っていたはずだ。
「どうするよ、今日って」
「翔太、どうする」
翔太は一瞬黙り込んだ。が、すぐに顔をあげると高らかに宣言した。
「今日はもう解散! 各自うちに帰って、着替えて集合!」
「マジで!」
「やっぱそうなるかあ!」
斉藤と持田の声が静かな廊下にこだまする。翔太は勢いよく駆けだすと、そのまま一気に階段を下りて行った。
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