美と神の肥えた世界にて

ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬)

これはあなたの目の前に広がる世界での、とある会話

 「ここの言葉もいずれ堕ちてしまうかもしれませんね」

 あなたの小さな呟きが気になってわたしはそのことを聞き返した。

 「あなたも聞いたでしょう?ここの人々の言葉には意味がないのですよ」

 わたしはその意味が解らず、さらに聞いた。そんなことがありえますでしょうか。わたしには彼らの言葉は十分に会話にたりうるものを有しているように思います。

 しかしあなたのお考えは、わたしの考えとは全くその次元を違えたものでした。

 「それはそうでしょう。たとえ彼らがどんな進化を経たとしても、その会話という行為はなくなったりしないでしょう。わたしが憂いているのは彼らが言葉という恵みの雨を受け取らないばかりか、その減少に気づいていないことなのです」

 わたしは言葉を恵みと評するところにあなたらしさを感じる。あなたはいつも言葉の価値を説いては、感嘆しておりました。かの国の言葉の価値とその変遷について。あなたのお言葉をはじめて耳にした時は、あなたやわたしの口にする言葉よりも美しいものがあるのだろうかと、そのお言葉を疑いました。結局はわたしも縛られた梟と同じだったのですね。

 わたしはそんなことを思い出し、だからこそあなたがとても目の前の状況に嘆かれていることを感じ取りました。その心のうちをわたしにも打ち明けてはいただけないでしょうか。

 するとあなたは憂い気な目元に柔らかくしわを寄せ、あなたには感謝してもしきれませんね、いつもありがとうございます。と口にされました。

 わたしはその胸の内を悟られぬよう、あなたへ先ほどの話の続きを促しました。

 あなたは表情はそのままに、しかし確かに落ち込んだ声で話し始めました。

 「あなたもご存知の通り、この国に限らず言葉というものはその発生より知識、記憶の伝達の必要に応じて驚くほどの広がりを見せてきました」

 えぇ、そうです。もとはわたしたちのものから拾い上げたものとはいえ、その独自の広がりにはわたしも驚いております。

 「彼らは言葉によって、感動を伝えるように、次第にそれ自体に形を与えようと手を加えはじめました。それこそ・・・」

 文学、という名の芸術のはじまり。

 あなたは本当に芸術家のように、言葉を見つめられる。しかしあなたは芸術家ではない。わたしたちにはその美しさを生み出すことはできないから。

 「だというのに・・彼らは言葉ありきの存在であったはずなのに」

 あなたの悲痛な声にわたしはただ祈るばかりであった。わたしたちがまだかつての通り美しいことを。

 あなたは次の言葉を継げずにいる。

 わたしもただ俯いていることしかできません。

 「彼らは、もう言葉に広がりをもたせようとはしなくなってしまうのかもしれません。わたしはそれが恐ろしいのです」

 広がりですか?

 わたしはあなたのお言葉を繰り返し、相づちを打つことしかできません。

 「彼らがどうして美しいという言葉を多用すると思います?その広大に広がる言葉の意味をよいことに、実体のない幻を生み出しているのです」

 言葉の意味に広いも狭いもあるのか、などとこの時までわたしなどは考えたこともあらず、あなたのお言葉にも反応を示すことができませんでした。

 あなたの仰っるように美しいや神などという言葉が、広義の意味を有しているのならそれを彼らはどのように使っているのでしょう。

 「彼らは今まさに美しいという言葉の印象にそれぞれ各々の持つ想像を、イメージを当てはめているのです。本来その広がりは言葉から言葉へ。言葉から実体を持つ存在へと広がっていったのです。しかし、今のようなやり方ではその広がりは個人の想像の域を超えません。それがどれほど変化のきっかけを奪うことになることか」

 あなたは言葉の終わりに大きなため息を含めて口を閉じた。

 わたしもまた口を閉ざしていることしかできなかった。それを見たあなたは苦笑をもらした。

 「すいません、こんなお話に付き合わせてしまって。興味ありませんよね?」

 あなたの寂しそうな顔を見ていられなくて、わたしは慌てて言葉をつなぐ。

 そんなことはありません。彼らの言葉の変化はわたしにとっても決して無関係な話ではありませんから。

 私の言葉を聞いてあなたもクスリと笑った。

 「そうですね、人間が自身を神という創造主による創造物だととらえるのなら、わたしたちもまた彼らによる創造物なのですからね」

 えぇ、そうですね。

 「だからこそわたしは、彼らにただの創造物ではなく新たな創造主であって欲しいと願っているのです。そうして生まれた創造物は、また新たな創造主になりうるはずだから」

 そう言い残すと、あなたは振り返ってどこかへ消えてしまった。

 わたしはいづれ現れるであろう未来の創造主への願いをここに残し、あなたの後を追いました。

 『あなたこそ、わたしたちを救う鍵なのです』

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美と神の肥えた世界にて ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬) @Stupid_my_Life

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