私はこの建物を、なにかの宗教の聖堂である、と推測したけれど、それは当を得ていて――《ヒト》の世界宗教のことについてさっき私は触れたね? まさにその開祖となった預言者、そしてその父と母を称えるために建てられたものだった。

 この“預言者-父-母”のモティーフはその世界宗教においては一般的なもので、実際に《チキュー》の建造物の中にはいくつも見受けられるし、それはパルメの建造物にも引き継がれている。

 しかし、《チキュー》の記録を読んでいると、この建造物は“預言者-父-母”を主題テーマとした数多の作品アートの中でも、もっとも《ヒト》のを惹き付けた、唯一無二の存在であったということが、その記述の多さから感じ取れたよ。

 そしてそれは私が以前の記録で述べたような、緻密な造形や、壮麗な伽藍の情景もさることながら、これを建てようとした《ヒト》の意志、その崇高さに裏打ちされたものでもあるように、私には思えるんだ。


 携わったのは、ひとりの“天才建築家”だった。

 もっとも、彼がその仕事に着任したときはまだ、彼は駆け出しの段階だった。それでも、建築家として本来《ニラナエ》の針が刺さった彼の師に当たる建築家が、代わりに推薦したのが彼だったというから、慧眼だったのだろうね。

 “天才建築家”は聖堂の建築と並行して、他の建築物の設計にも精力的に活動し、次第に“天才建築家”の名を確かなものとしていった。

 だけれど、彼の心の中にはいつもこの聖堂のことがあったようだ。

 建築の技術の発達と一緒に、彼はモティーフとなった世界宗教の教義への理解も深めていき、建築計画は次第に大規模なものに変わっていった。

 そして、ある時点で彼はこの仕事を“終生の仕事ライフ・ワーク”と思い定めたようだった。

 晩年は他の仕事を一切断り、聖堂の建築に専心するようになった。

 だが――不幸にも――彼は聖堂の完成を待たずして、不慮の事故でこの世を去ってしまう。

 その無念がどれほどのものだったか――私などには永遠に思いも寄らないだろう。

 しかし、それで終わりではなかった。

 優れた事物は“重力”を持つ。

 完成途上の聖堂は、確かな“重力”を発生させていた。

 それに惹かれた建築家が、職工が、彼の仕事を引き継いだ。

 道行きは平坦なものではなかった。戦禍により“天才建築家”が遺した設計図が散逸してしまったり、単純に経済的な問題が持ち上がったり、世界的な流行病はやりやまいに襲われたり――様々なトラブルが見舞った。

 だが、彼らは諦めなかった。

 困難を乗り越え、当初は《ヒト》の寿命の三倍はかかるだろうと見積もられた工期を半分に繰り上げて、完成間際にまで漕ぎつけた。

 あとは、中央の大尖塔――そのいただきに世界宗教の重要な象徴シンボルである十字架クロス――“預言者”が殉難した、そのしるし――を取り付けるだけだった。


 ――そう、あとはそれだけだった。


 ……その後のことを記すのに、私の筆は重くならざるを得ない。

 君ももうわかっているだろう?

 

 大尖塔に象徴シンボルいただくだけ。

 だけど、その時は永遠に訪れなかった。

 忌まわしい“グレイ・グー”が、《チキュー》を襲った。


 この事実を知って、私はしばらくの間、身動みじろぎひとつすることができなかったよ。

 何十年もの時間をかけた計画が実を結ぶことなく、それが理不尽な災厄に吞み込まれていくのを眺めることしかできなかった当時の《ヒト》の心のうちを思うと、私ですら胃の腑に鉛の塊を落とし込まれたような心持ちになる(あるいは《チキュー》に残り、未完の聖堂と運命を共にした《ヒト》もまた、確実にいただろう)。

 そして、翻って《タツミ》氏をき動かした情動について、思う。

 《タツミ》氏がかの聖堂のことをどのように意識していたのか? それを私は知ることができない。

 だが、この惑星――第二の《チキュー》――に降り立った時、《タツミ》氏は、ここにかの聖堂を、と、電撃のごとくに直感したのではないだろうか?

 祖先が引き継ぎ続けながら、一旦は途絶えたその思いを、自分こそが、と、強く感じたのではないだろうか?

 そして、《タツミ》氏は探究者エクスプロラとしての歩みを止め、残りの生涯を懸けてかの聖堂を築き上げることに決めた……。

 しかし、そう考えて、私は大きな疑問に突き当たる。

 《タツミ》氏の遺したかの聖堂の精密な模造物イミテイションの大尖塔の頂には、なにも据えられてはいなかった。

 改めて氏の作成した設計図を検めると、そこに据えられるべき十字架のものも含まれている。

 《タツミ》氏はこの十字架を立てる――つまり、かの聖堂を真に完成させるつもりだったのだろうか? それこそが遠い祖先の願いを成就することであると、思い定めていたのだろうか? そこに、なんらかの不測の事態が起こり、真の完成に至らないまま、命の灯火を消してしまったのか。

 それとも、祖先が果たせなかったその最後の姿のまま、かの聖堂を残しておくことこそが彼らに報いることだと、確信的に建造を未完とすることとしたのか。

 ――私は現在いま、大きな葛藤を抱えている。

 私がかの聖堂に十字架を戴くことが、《タツミ》氏の――ひいては《ヒト》の旧い先祖の――意志を受け継ぎ、その霊を慰める、最良の方法なのだろうか。

 それとも、それは《タツミ》氏の意志を裏切る、度し難い冒涜であるのだろうか。

 私は決断しなければならない。

 そうしなければ、私はここから一歩も前に進むことができない。

 それだけは確かだ。

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