16.SOUVENIRの『紅葉の謎』

 なんで俺だけー、と嘆くヒロシを横目に、朔哉が竜肉に目をやる。

「そろそろ焼けたんじゃないか?」

「そうですね」

 竜肉の正体は牛の塊肉で、ローストビーフ風に焼けるらしい。

 テーブルにあげて落ち着くまでしばらく放置することになった。

「ヒロ、まだ食べられるだろう? 魚介類を持って来たんだが焼いてもいいか?」

「あ、俺もマシュマロやポップコーンの元を持って来たんだ。一緒に焼いていい?」

「もちろんです」

 朔哉が獅子肉蛇肉夢肉と大きなタコの足やホタテ貝やらを中段に、ヒロシがおやつ系を上段の網にのせていく。

 その間に、少女は別のポットからあたたかいお茶を淹れる。

 テーブルが賑やかになってきた。

「おー、なんかいい感じ。写真とりたいなー」

「スマホをテーブルに立てたら人も入るんじゃないか?」

 せっかくだから、と竜肉もアルミホイルを外してテーブル中央に置き、他の肉や魚介類、おやつ系を周囲に並べる。

 朔哉が竜肉の端を切り、美味しそうな断面を見えるようにした。

 それぞれ、獅子肉、ヘビ肉、マシュマロの串を手に、焼き網の後ろに立ってタイマーで撮影した。

 個性的な品が並ぶテーブルと煙を上げる網、笑顔の3人の背景には海が写っている。

「ん、めっちゃいい感じー。顔出さないでアップしてもいい?」

「好きにしろ」

「いいですよ」

 ヒロシは3人の口から上は入らないようにトリミングしてアップした。

「アリスちゃん、今スマホかケイタイあるなら写真送るけど、持ってる?」

「はい」

 少女は受け取った写真を嬉しそうに眺めている。

「施設の皆さんとの写真はないの?」

「ないのです。施設では写真も厳禁でしたから。絵描きさんだった方が描いてくださった絵ならあります」

「見てみたいなー」

「良かったら今度、家まで見に来てください」

「大きいんだな」

「はい」

「はぁー。俺、サクとアリスちゃんと一緒に『紅葉の謎』を解きたかったよ」

「解いたじゃないか」

「SOUVENIRのほう!」

「今解くか? PC持って来てるから、ここでもできるぞ?」

 朔哉は鞄から愛用のノートPCを取り出すと、慣れた動作でSOUVENIRを立ち上げた。

 SOUVENIRは途中まで無料でプレイできるので、ヒロシ用に新しいキャラクターを作り始める。

「種族何種類かあるけど、どうする?」

「NPCアリスと同じで」

「じゃ、ノーマルだな。男? 女?」

「女」

「大きさは?」

「NPCアリスくらい」

 山で朔哉が少女に「自分の歩幅で歩いて」と言っていたのだから、『紅葉の謎』を解くにはNPCアリスと同じ体型が必要だとヒロシも気づいていた。

 NPCアリスと同じ種族で似た体型じゃないと歩幅でずれるのだろう。

 その後、髪型、髪の色、顔つき、体つきと選択肢が続くが、朔哉はヒロシの具体的な注文をすぐに反映させて、妖艶な黒猫を思わせる、どこかキツそうな少女を作り上げた。

「ふぅん。ヒロはこういうのがタイプなのか」

「ちょっと意外ですね」

「なに? この羞恥プレイ。リアルと2次元は別腹ですからー。だいたいサクはどうしたんだよ? 新しいキャラ作ったの?」

「いや。変身薬が売ってるから、それを使った」

 変身薬を飲むと、自分のキャラクターの姿を再作成でき、一定期間その姿でいられるらしい。

 ずるいっ、とヤケ食いするヒロシをよそに、朔哉は慣れた手つきで黒猫少女を『紅葉の地』へと移動させた。

「着いたぞ。自分で操作するか?」

 朔哉の家で見せてもらった『紅葉の地』に黒猫少女がいた。

 美しくきらめく紅葉の中、画面右上で点滅しているのが『紅葉の謎』だ。

 『紅葉の謎』の前まで黒猫少女を進めて、PCをヒロシに向けようとする朔哉をヒロシは止めた。

「待って。メニュー画面って出せる?」

「もちろん」

 朔哉の操作でメニュー画面が開く。

 黒猫少女のステータスと持ち物が表示され、攻撃や魔法、回復アイテムを指定してショートカットできる枠も表示されている。マクロ編集はさらに別メニューだ。

 始めたばかりなので、スキルや持ち物などはほとんどない。

「うーん。これじゃなくて、ゲーム自体のメニュー画面ってあるかな?」

「……あるな。効果音の有無や、使用モニターに合わせて明度をいじるやつ」

 朔哉は開いていたキャラクターのメニュー画面を閉じて、ゲームのメニュー画面を開いた。

「これこれ。ちょっと見せて」

 そこには音声メニューだけで、BGM1・2、声1・2、攻撃効果音1・2、回復効果音1・2、異常状態効果音1・2、挨拶効果音1・2、連絡音1・2、その他効果音、とあった。

 どれにも上下に動く調節バーと消音のチェックボックスがあるが、今は始めたばかりの状態なので、どれも標準の適切な大きさになっているはずだ。

 使われないのか、『BGM2』と『その他効果音』だけが消音状態になっている。

 画面メニューの方は、俯瞰の視点の角度調節、画面全体の明度調節だった。

 どちらにも上下に動く調節バーとリセットボタンがあり、横にある小さな画面で確認できるようになっている。

「サク、『紅葉の謎』に挑戦してから、もう一度この画面を開いて」

「了解」

 朔哉は明滅する光に黒猫少女で触れ、【紅葉の謎 挑戦しますか? YES NO】のYESを選択する。

【目と口を閉じて

 N35E135】

 すでに覚えてしまった、短い『紅葉の謎』が表示された。

 朔哉はすぐにゲームのメニュー画面を開いた。

 ヒロシは音声メニューの中で消音になっていた『BGM2』と『その他効果音』だけを最大にして、最初に聞こえるようになっていた音声をすべて消音にした。

 さらに画面メニューの『画面全体の明度』を最大限に下げた。確認用の小さな画面が、明かりが消えたように暗くなる。

 電脳畑にいるヒロシが思いついた『目と口を閉じる』の答えがこれだった。

 【設定を有効にする】をクリックすると、すっかり暗くなった画面だけが表示され、ほとんどなにも見えない状態になった。

 聞こえてくるのは、よせては返す波の音を思わせる虫の合奏。

「こんなBGMまで用意してあったのか」

 朔哉が感心していると、

「動かすよ?」

 ヒロシが矢印キーの『上』を1回押すと、朔哉が今までSOUVENIRで聞いたことのない音がした。ガサというかザクというか、なにか壊れるような音だ。

 ほっとした様子でヒロシがさらに続けて『上』をテンポ良く押していく。

「この音、SOUVENIRじゃないどこかで聞いたか?」

「これ、落ち葉を踏む足音じゃないかな」

「あ、そうですね!」

 3人が山を歩いた時に聞いた音がかなり忠実に再現されていた。

 ちなみに通常の『紅葉の地』での足音は草原エリアを歩く時と同じ足音で、もっと軽い音だ。

 ヒロシは35回続けて上を押した後、右を押し始めた。やはりザクザクと山を歩いた時と同じ音が続く。

 135回押した時、画面が山で見た色紙と同じ紅葉色にぼやけ、

『遊んでくれてありがとう』 

 男女入り交じった声が聞こえた。

「……え? 私が前に聞いたのとは違います」

「俺もだ。画面も通常のままだったし、俺の時も同じセリフで複数人だったが、もっと若い声だった。制作スタッフの声なんだろうと思ったが」

「そっか。俺はじぃちゃんの声が入ってる気がしたけど、アリスちゃんも知ってる声、あったんじゃない?」

「もしかして、施設の皆さんの声なんですか?」

「きっとね。俺は全員の声は知らないけど、アリスちゃんならわかるんじゃない?」

「もう一度、もう一度、聞けますか?」

「どうかな?」

「やってみよう」

 今度は朔哉が操作を受け持ち、同じようにすると、同じメッセージが流れた。

 少女が懐かしそうな顔をしたので、その時いた終末医療施設の入居者全員の声だったようだ。

 目元を潤ませていたが、もう少女は山で色紙を見つけた時のようには泣かなかった。

「ふふっ。皆さん、私を驚かせるのが上手ですね」

「SOUVENIRはほんと粋なことするなー」

「あんたはアリスじゃないんだろう? 本当の名前を教えてもらえるか?」

「はい。……私の名前はさちです。幸せの一文字でサチ。私はずっとこの名前が嫌いでした。私の両親がこの名前をつけたことを後悔していたからです。『全然幸せじゃないのに』って、名前も呼んでもらえませんでした。私をこんな体に産んでしまったことを、いつも私に謝っていました。名前も呼ばれず、産んだことさえ謝られると、私は産まれてこない方が良かったんじゃないかと、生きていて申し訳ない気持ちで一杯になりました。『私がいるから両親が辛いのなら、私がいなくなればいい。私が早く死ねば両親も楽になれるのに』って。私はずっと、私の名前も、私の体も、生きることも大嫌いでした」

「今は違うよね?」

「はい。皆さんと過ごせて、皆さんと皆さんのご家族とお話しできたことで、自分の家族に対して以前よりも客観的に見られるようになりました。そうしたら、両親はただ私を気遣っているだけなのがわかったんです。少しずつでいいので、距離を縮められたらと思っています」

「そのための時間はあるからな」

「はい。今は自分になにができるかわかりませんが、ゆくゆくは一人で生活できるようになりたいです」

「いいね。もし遊ぶ時間があるなら一緒に釣りに行こうよ」

「嬉しいです!」

「お前の方が休めるのか?」

「大丈夫。なんか、この前仕事詰めたことで、体制の見直ししてもらえたから、前より融通きくようになったんだよー」

「サチ、いつでも家に来ていいから」

「ありがとうございます!」

「ええー。なにそれ? 俺も行きたい!」

「お前はいちいち言わなくても勝手に来るだろ」

「そうだけどー。1回くらいサクから誘ってくれたっていいじゃん」

「誘う間があればな」

「えー、間を空けたら忘れられそうなんですけどー」

「本当にお二人は仲がいいですね」

 幸のくすくす笑いに、朔哉とヒロシの声が重なった。

「打算的な関係だ」

「打算的な関係だけどね」

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