第91話 決戦前夜
「まさかノワールまで負けるとは、君は面白い物を用意してくれたね」
漆黒の空間の中、一人の男が対面する男に対して愉しそうに声をかけている。
辰巳が司に負けたことが意外だったようで、それが愉しいのだ。
とにかく愉快に、とにかく痛快に、とにかく刺激を。
それが彼らの求めるものである。
だから自分の予想を上回ることがあれば楽しくて仕方がない。
男は上機嫌で次のことを考えていた。
「あれだけの力を与えておいて負けるとなると……今度はさらに強力な駒を用意しなければいけないな」
顎に手を当て、ニヤニヤと楽しそうに思案する男。
そこで向かい合っていた男が口を開く。
「ハッキリ言っておくよ」
「なんだい?」
「君がどんな駒を用意しようとも、僕の
「君がそんなに自信を持って言えるなんて、よっぽどの力を与えたようだね。そうか。【合成師】と言うのは、そこまで強力なジョブなのか」
男は頷きながら、司に対抗できるぐらいレベルはどれぐらいのものか、それを考え、そしてさっそく次の対戦相手を創りにかかろうとした。
「次こそは俺が勝たせてもらう。【合成師】以上の戦士を送り出して、島田司を倒してみせるよ」
「だから、彼には勝てないよ。君がどれだけ強い戦士を創造したところで絶対に彼には敵わない。僕がそういうジョブを設定しておいたのだから」
「…………」
「僕らが求めているのは刺激だ。あれに勝つのは君の愉しみなのだろうけど、あれには勝てないようになっている。それぐらい圧倒的な力を施しているんだ。もし彼に勝ちたければ、君が直接戦うことをお勧めするよ」
「ふーん……」
「きっと君の好きなサプライズも待っているはずだから」
クツクツ笑う男。
肩を竦めながら対面している男に言う。
「俺が行ったら俺の勝ちで終わりだ。俺たちが創った世界の……ほら、島田司たちが来た世界の言葉で言えば、得意科目でオリンピック選手が小学生の子供と戦うようなものだ。面白みなんて全くないと思うんだけど。とてもじゃないけどサプライズなんて期待できないのだけれどね」
「…………」
「だけど、君がそう言うのなら行ってくるとしようか」
男の体は闇の中に溶けていくように消えていく。
「君が用意しているサプライズ、期待はしていないけど愉しみにしているよ」
「…………」
消えていく男の姿を、もう一人の男は静かに眺めていた。
とても穏やかでありながら、愉しみに心を揺らがせて。
◇◇◇◇◇◇◇
エリアマスターを倒した勇太たち。
とうとう残る敵は
俺たちはモンスターと戦いながら北の果てを目指し突き進んでいた。
勇太が皆を鼓舞しながら進み、皆も希望に満ちた瞳で戦い、歩いていく。
「……おい、あれ」
「城、ですね」
そして北上を続けた先に、ようやく巨大な城が俺たちの視界に飛び込んで来た。
禍々しいオーラを放つ怪しくおどろおどろしい城。
見ているだけで冷や汗が滲み出る。
「あそこに
「おう! 俺らなら楽勝だ!」
「負けない」
勇太たちは気合が入っているようで、今にも城に突入しような勢いであったが、そこで由乃が落ち着いた声で皆に提案をする。
「でもその前に休憩を挟みませんか? ここまで戦いの連続でしたし、一晩しっかり寝て、万全の状態で侵入しましょう」
「そうだな。体力が減っている状態で勝てるほど楽な相手じゃないだろ、
「あー……確かにそうだな。じゃ、ちゃんと休んでから行くか!」
由乃が【結界】を使用し、テントを用意する。
勇太たちは気持ちが高ぶっていて忘れていたようだが、それなりに体力を消耗していたようだ。
由乃が出してくれた食事を食べると、皆すぐ眠りについてしまった。
俺は焚火の前で由乃と二人きりとなり、そんな彼女の顔を見て、もう一人の由乃のことを頭に思い浮かべていた。
「……俺も寝てくるよ」
「はい。おやすみなさい」
笑顔を向ける由乃。
会いたくても会えない少女と同じ顔をした笑顔。
彼女のそんな顔が、なんだか少し辛い。
俺は由乃に背を向け、自分のテントの中へ入ろうとする。
「ここから先のことは分かりませんが……」
「うん?」
少し不安を含んだ声で由乃が背中から声をかけてくる。
俺は振り返り、彼女の方へ視線を向けた。
「私たち、大丈夫ですよね? ちゃんと生きて帰れますよね」
「……そのつもりだよ」
「色々とお話したいことがあるので、絶対に死なないで下さい。私も生きて帰れるように頑張りますから」
「……俺も最大限の努力をするよ。うん。きっと皆で生きて帰ろう」
「はい……」
不安を払拭しきれない。
由乃はそんな表情で焚火を見下ろす。
死なないように、か。
皆が戦うであろう
まだ俺が戦う敵も残ってるんだよな?
後どれぐらいの数がいるのかは定かではないけれど、最低でも辰巳を管理者にした奴が残っている。
管理者を創り出すような相手……
俺に勝てるのだろうか。
不安は当然あるけど、自分の力を信じないと。
絶対に生きて帰ろう。
俺は落ち着かない気持ちを【心術】で無理矢理に抑えながら、ゆっくりと眠りについた。
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