第76話 引きこもりの島田司
「お、俺……? どういうことなんだ?」
「異世界から来たんだよ。というか、俺って結構有名らしいけど、知らないの?」
「い、異世界って……知らない」
タブレットで情報収集などしていないのか。
こんな世界だったら、世の中の情報が気になるものだろ?
あ、もしかしたらあんまり有名じゃないのかな、俺。
由乃の方をチラッと見ると、彼女はもう一人の俺に言う。
「毎日のように司くんのニュースやってますけど、本当に見ていないんですか?」
「あ、ああ。世の中になんて興味ないし」
「私も知らなかった。毎日司と映画とアニメばかり見てたから」
「そ、そうなんだ」
どうやら真の引きこもりとして生活していたらしく、世の中のトレンドなどに興味も示さず生きていたようだな。
こんな暗い部屋で映像ばかりみて。
別に他人の生き方を否定するつもりはないけど、このままでいいのかよ。
他人と言っても俺と同じ顔をして同じ名前をして同じ存在なのだ。
干渉したくなるのは仕方ないだろう。
「なあ。これからもずっとこうやって生きてくつもりなのか」
「ああ。悪いか?」
「外じゃ皆必死に戦ってたんだぞ」
「必死に戦って、死ねって言いたいのか?」
「いや、そういうことじゃないんだけどさ」
もう一人の俺はため息をつき俯き加減で俺をギロッと睨む。
怖さは全く感じないが、背筋がゾクリとする。
「俺は、父さんたちみたいに死にたくないんだ」
「……え?」
「お前が俺なんだったら知ってるだろ? あの人は警察官で、人を守るんだって正義感を持って化け物たちと戦い続けて……そして人を守って死んだんだ」
もう一人の俺は俺に背を向け、肩を震わせていた。
「俺も父さんの子供なのか、咄嗟に円を助けるようなことをしたけどさ……母さんも戦いの巻き添えをくって死んで……あんな辛くて怖い世界はもうごめんだ。俺はこれから先、ここだけで生活していくんだ」
円は目の前にいる俺とそっと手を繋ぎ、彼の顔を見上げた。
そうか……この世界では両親が死んでしまったのか。
俺の両親ではないのだが、それでも胸に激しい痛みと悲しみが走り抜ける。
親が死んでしまったことに彼はこうして引きこもってしまい、世界に恐怖心を抱いてしまった。
同情はするし、こうして引きこもる気持ちもよく分かる。
だけど俺には希望を持って生きていってほしい。
俺は願うような気持ちで、もう一人の俺の言葉を聞く。
「どうせ俺一人ぐらい外に出なくても、世の中は変わらないだろ」
「そうかも知れないけどさ」
「だろ? 俺が外に出ることによって世界が平和になるというのなら出てやるよ。だけど、そんなことはない。俺なんていてもいなくても世の中は変わらないんだ。これから先も、世の中は地獄のままなんだ」
「でも、もう一人のあなたが地獄を終わらせてくれます」
「え?」
毅然とした態度で由乃はそう言った。
もう一人の俺はこちらに振り返り、由乃の言葉に耳を傾ける。
「司くんはとてつもない力を持ってこの世界に来てくれました。今日だって神の塔に侵入し、着実に先へ進んでいます」
「…………」
俺を見つめるもう一人の俺。
目の前にいる俺の力が信じられないといった様子だ。
「あなたもこの人と同じ司くんなんです。だから、そんなことを言わないで下さい。あなただってきっと世の中に必要な方のはず。いいえ、この世界の全ての人が世の中に必要で、意味があるんです」
「意味……」
「はい。なので、あまり寂しいことを言わないで下さい。きっとあなたにもやらなければならないことがあるはずですので」
そう言うと由乃は、ニコリと笑顔を作り俺を見上げる。
「帰りましょうか」
「ああ」
これ以上自分と話をしていても苛立ちと悲しみが募るだけだ。
こんな様子と知っていたら会いたくはなかったな。
「俺がそのうちこの世界を何とかするから」
俺と由乃は踵を返し部屋を出る。
「お前が外にいたから円は生きてるんだ。人一人の命を救えた。案外簡単に世の中は変わるかも知れないぞ」
「…………」
もう一人の俺は言葉を何も返すことなく、俯いたまま黙っているだけだった。
◇◇◇◇◇◇◇
由乃と歩いて夕方の歩道を歩いていた。
外で談話する人たち。
走り回る子供。
楽しそうに手を繋いで歩くカップル。
平和だ。
平和そのものの光景。
遠くに見える神の塔がなければ、当たり前の風景にしか見えない。
だけどもう一人の俺は外の世界を怖がり、多くの人々が死んでいる。
由乃と歩く世界がキラキラと輝いていて、そんなことが嘘のようにも思えてくるが、それが現実なのだ。
「さっきも言ったけど、俺が世界を何とかするよ。皆がこうして笑っていられるのが当たり前にする」
「はい。司くんが何とかしてくれると信じてますから」
「ああ。でも向こう側のことも決着を付けなければならない。だから、行って来るよ。そしてまた帰って来る」
「はい……私、待ってます。司くんが帰って来てくれるのを待ってます」
由乃顔を寂しさに染め、俺の手を取りながら小さな声でそう言った。
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