第72話 爆炎と水幻

 俺たちは塔の中央地点に向かって歩いて行く。

 と言っても、だいたい中央であろうという方向ではあるが。

 これだけ広い場所では正確な方向が把握できない。


 一応、【鷹の目】で周囲を見渡してはみたが、このフロアには何もなさそうだった。

 なので別に先に進む方向はどちらでも構わないのだが、とりあえず中央に向かっている。


「何もないのが逆に怖いですね……」

「ああ。嵐の前の静けさというか何と言うか……何も無いわけはないもんな」


 由乃と共に歩き続けると、目の前の床に突如空間の歪みのような物が生じる。

 

「?」


 俺は由乃を背に回し、その歪みを観測する。

 まるで蜃気楼のような……ユラユラと揺れ歪んで見える床。

 するとそこから、大きな黒い兜が顔を出す。


「つ、司くん……あれ、門番じゃ?」

「ああ。そうだな」


 それは由乃の言う通り、門番であった。

 塔を守護していた凶悪な門番。

 黒い鎧姿のその化け物が、何百・・と一斉に顔を出す。


 ありがたいことに背後に門番の姿は見えない。

 俺はクロスボウを取り出し、門番に向かって駆け出す。


「由乃! 危ないから下がってろ!」

「は、はい!」


 由乃は素直に後退し、念のために斧を手に取り待機している。


「爆ぜろ!」


 ルージュから手に入れたスキル【爆炎】。

 俺が左手を振るうと、目の前の景色が爆炎に包まれる。

 次々と四散していく門番たち。

 さらにその【爆炎】の力を矢と合成する。


 天に向かって矢を放つと空中で爆発を起こし、燃え盛る矢が周囲に巻き散らされていく。

 矢を喰らった門番たちは、先ほどと同じく破裂し、盾や兜の欠片が床に散乱する。


 俺は門番たちと戦いながら思案していた。

 この門番たちは、《三獣神》たちと同じ匂いというか、同じ存在のような感じがする。


 本来なら攻略できるような設定はされていない。

 その理由は分からないが、人間にどうこうできるレベルではないのだ。

 この世界においては、攻略できない門番を設定することによって、永続的に現状を維持させようとしていた……のだろうか。

 ルージュたちは自分たちを管理者なんて言ってたが、この世界にも管理している者がいるとするのなら……相当性格が悪いぞ。

 希望を餌にし、人々に門番を攻略させようとする。

 他の人たちも微かな希望を胸に必死に生き延びて、いつか誰かが塔を攻略するのを待ち望み続けて。

 だが、そのいつかは訪れることは永遠にない。

 まるで出口のない迷路を彷徨っているようなものだ。

 それが事実だとすると……いや、きっと事実なんだと思う。

 こんなレベルの敵を何匹も用意して、攻略しろなんって無茶な話だ。

 どこかでこの戦いを楽しんでいる奴がいるのが、直感ではあるが絶対にいると確信できる。


 ふざけんなよ。

 皆必死に生きて、他人のために特攻しようとしていた人たちだって大勢いる。

 それを高みの見物して、あざ笑うような真似をして、何が面白いんだよ。


 俺は爆発しそうな怒りを攻撃に転換し、八つ当たりするかのように門番たちにぶつけていく。


「【閃光】!」


 俺の左手から放出される極太の光の束は、門番たちを一瞬で消滅させていく。

 だが門番は床から生えるようにドンドン現れる。

 きりはなのかも知れないが、とことんまでやるぞ。

 億千の敵が現れようとも、必ず倒しきってみせる。

 こっちは体力もMPも無限みたいなものなんだ。

 こんな程度の奴らに負けるかよ。


「司くん! 横に化け物が!」


 一匹の門番が俺に接近し、横薙ぎに剣を振るう。

 体はその剣で横一文字に切断される。


「ああっ!?」


 驚愕する由乃。

 真っ二つになった体は地面に倒れ、ビシャッと水となって存在を失う。


「え……」


 由乃は状況が把握できていないらしく、パニック状態で大慌てしている。


「大丈夫。俺は生きてるよ」

「え、ええっ!? どうなってるんですか?」


 ブルのスキル【水幻】。

 大気中に含まれる水分で作った分身体だけをそこに残し、本体は別の場所へと移動する。 

 使ってみて初めて分かったが、どうやら【潜伏】のように移動する本体の俺の姿が周囲からは確認できなくなっているようだ。

 それも水で作った分身は、俺の意思で動かすことも可能。

 攻撃力自体は半分以下に下がるようだが……それでもこいつらぐらいなら問題なく倒すことが可能だ。


 面白い能力に機嫌を良くした俺は、高揚するままに【水幻】で四つの分身体を作り出す。


 分身体を横並びにし、一斉に魔術を解放する。


「【ウンディーネスプラッシュ】!」


 破壊的な水圧が、門番たちに襲い掛かる。

 四つ同時に放出されたそれは、怒涛の勢いで敵を薙ぎ払っていく。


 そして最後に本体である俺は【爆炎】と【風術】を合成し、敵に向かって破壊の力を凝縮させた朱い風の弾丸を放つ。


 遠くにいる門番に接触するとその風は爆炎を生み出し、風と共に周囲一体に広がって行く。


「わああああああああ!!」


 由乃の方にまで衝撃は届いてしまっていたようで、彼女は全力でその威力に耐えていた。

 あ、これはやり過ぎたな。

 誰かがいる時はもう少し使うスキルを考えないと。


 目の前の景色が晴れると――そこには一匹たりとも門番は残っていなかった。

 ようやく打ち止めになったようで、俺は大きく息を吐き、由乃の方を見る。


「…………」


 由乃はその様子を目の当たりにし、くりくりの目を丸くさせポカンとするばかりだ。


「つつつ、強すぎますよ、司くん……」


 俺はそんな由乃の反応が可笑しくなり、堪えきれずに大声で笑ってしまった。

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