第71話 心音

 前回と同じく、化け物の塊を塔内部で処理をする。

 数なんてどれぐらいいるのかは分からない。

 とにかく倒して倒して倒しまくる。


 炎によって焼けた匂い、風で切り裂かれた肉片が地面に転がっている。

 ビチャッと濡れた足元に大量の岩。

 四属性の力を駆使し、俺は敵を全滅させていた。


「つ、司くん、静かになったみたいですが……って、もう全滅させたんですか!?」

「ああ。前より早く終わったよ」


 この間と比べて、全滅にかかった時間は大幅更新。

 今回のタイムアタックは大成功と言って良いだろう。

 って、そんなゲームみたいなことはしていないのだけれど。


 もう敵のいない空間に、由乃は恐る恐る足を踏み入れる。


「ここにいた化け物たちが世界中に散開していたんですよね……」

「そう言ってたよな。ってことは、これで一応、今週も皆は安全に暮らせるってことだな」

「また世界を救ってしまうなんて、やっぱり司くんは救世主でスーパーヒーローですね!」

「それ、やめてくんない?」


 恥ずかしいよ、流石に。

 ガラじゃないんだよな、そういうの。


「さてと。前回と変わったところはあるかな?」

「次に進めるって話でしたもんね」

「ああ」


 俺と由乃は、前と比べて変化のある場所を探して回った。

 すでに化け物は地面に吸収され消え去っている。

 この現象は、あっちの世界と同じだな。

 モンスターを倒すと自然と消える。

 これは偶然なのだろうか?

 ゲームのようにステータスがあるのは同じだし、関係なくはないと思うんだけどな。

 

「あ、司くん。あれを見て下さい!」

「……エレベーター?」


 由乃が見つけ指差すのは、エレベーターらしき物であった。

 ガラス張りの四角い箱で、ガラスの真ん中には綺麗な直線が縦に入っている。

 しかしそれを上下運動させるケーブルは見当たらない。

 だがエレベーターにしか見えないのだ。


 それに近づいて行くと、その線から左右にガラスが分かれ、俺たちを招いているような気がした。

 慎重派の俺としては、これに乗りたくない気持ちもあるのだが……

 行かないわけにもいかないよな。


「俺はこれに乗って行こうと思うけど、由乃はもう帰った方がいい」

「で、でも……」

「何かあってからじゃ遅いぞ」

「何かあっても後悔しませんから。私、司くんとこれから先ずっと一緒にいられなくてもいい。でもせめて、一分でも一秒でも長く一緒にいたいです」


 そう言って俺を上目遣いで見る由乃。

 その可愛らしさにときめきを覚えつつ、少しばかり心が痛むような気がした。


「最悪、守ってやれないかも知れないぞ?」

「いいんです。絶対に後悔はしませんから」


 俺の腕を引っ張り、由乃は駆け足で箱の中へと飛び込む。

 ガラスが閉じると、案の定その箱は上昇を開始する。

 

「やっぱりエレベーターだったな」

「はい。上には何があるんでしょうか」

「楽しいことではないのは確かだな」

「でも司くんとならどこに行っても楽しいですよ」

「デートの時のセリフ! そういうのは、どこか出かけた時に行ってくれ。こういう場所には適してないと思います」


 上昇し続けるエレベーター。

 由乃はこんな場所だと言うのに、嬉しそうに下の方を見下ろしていた。

 

「あ、耳がおかしくなってません?」

「ああ。耳が詰まってる感じがするな」


 耳がツーンとする中、上を見上げると前回無かったはずの天井が視界に入ってきた。

 エレベーターはその天井にポッカリと開いた穴を通り抜け、その上に顔を出しピタリと止まる。

 天井だと思っていたそれは、どうやら床だったようで、俺は開いたエレベーターから下り、足場がしっかりしているのを確かめた。


「うん。ちゃんと歩けるみたいだ」

「底、抜けませんよね?」


 由乃に手を差し出すと、彼女は手を取り、ゆっくりと地面に足をつける。


「…………」

「なんだか、怖い感じがしますね」

「ああ」


 そこは何とも言えない不穏な空気が漂っており、少々寒気を感じる。

 いきなり幽霊が出て来てたとしてもビックリしない雰囲気。

 いや、幽霊が出てきたらビックリするだろうけど。

 とにかく、そんな怖い空気感が流れている場所だった。


「俺から絶対離れるなよ」

「離れろと言われても離れません」


 そう言って由乃は俺の背中にピタリと引っ付く。


「……さすがにちょっと離れてくれませんかね?」

「だから言ったじゃないですか。離れませんって」


 背中に由乃の温かい体温と柔らかいものを感じる。

 俺は女性とこんなに密着したことないので、心臓をバクバクさせて緊張しながら歩く。

 うるさいぐらいの心臓の音。

 絶対由乃にバレてるよなぁ……


「ふふふ」

「…………」


 由乃はおかしそうに俺の背中で笑う。

 完全にバレてるな。

 俺は顔を赤くして周囲を見渡す。


「私、心臓の音凄いですよね?」

「そっち!?」

「そっちって、何がですか?」

「あ、いや……分かってないならいいんだけど」


 由乃は自分の心臓の音に笑っていたようで、俺の心音には気づいていないようだった。

 となれば、ちょっとばかりぐらい恰好つけてもいいだろう。 

 余裕のふりをしておこう。


 だけど確かに、由乃の心臓の音凄いな。 

 俺の背中でバクバク言ってるのが分かる。


「…………」

「司くんも、心臓の音凄いですね」

「そ、そろそろ離れてくれ。こんなことやってる場合じゃないんだ。先に進まないと」


 結局バレてるのかよ。

 俺はさらに顔を赤くしながら由乃と離れ、歩みを進めるのであった。

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