第53話 アルベンの宿屋

 アルベンの町は広い。

 とにかく広すぎて、どこに何があるのか分かったものじゃない。

 人も多く、行き来する人の波に飲まれそうになったりしながら、俺たちは宿屋を探した。

 迷い、訊ねながらとうとう見つけた宿屋は、闘技場の真横にあり大きな建物のはずなのだが……闘技場が大きすぎて、少し小さく感じられる。

 こういう錯覚ってよくあるよね?

 ちょっと話は違うけど、信号機なんて思ってる以上に大きいという話は聞いたことがある。


「しっかしデカいな。闘技場」

「大きい。宿屋が影に飲まれてる」


 勇太と円が闘技場を見上げながらそんな会話をしていた。

 円が言った通り木造の宿屋には影が落ちている。


 俺たちは闘技場に視線を向けながら宿屋に入って行く。

 中に入ると、カウンターで綺麗な女性が受付をしてくれて、女子は二階の部屋を、俺たちは三階の部屋を案内してくれた。

 そこは今までよりも大きな部屋で、ベッドが二つある部屋とベッドが一つだけある二部屋、それに皆で談話できるような部屋があった。

 

「一人部屋は誰が使う?」

「おう! 誰でもいいぞ」

「じゃあ、じゃんけんで決めるか!」


 勇太の提案で始まるじゃんけん。

 結果、俺の一発勝ちであった。

 これも運が関係しているのであろうか?

 とにかく一瞬で勝負はつき、一人部屋は俺に決定した。


 部屋に入ると、ベッドが一つ中央壁際にあり、壺などがいくつか備えられており床には上等の絨毯が敷かれている。

 窓は一つ。開けると目の前には――闘技場。

 風情もへったくれもあったものではない。

 俺は嘆息して窓とカーテンを閉める。


 ベッドで横になり、少し仮眠すると勇太の明るい声に起こされた。


「司、飯行こうぜ、飯!」

「ああ」


 由乃たちと宿屋の外へ行くと外はもう真っ暗になっていた。

 町を練り歩き、普通の食堂を見つけた俺たちはその店に入る。

 店はそこそこ繁盛しており、戦士風の男女が多く見られた。


「で、どれぐらい自信があるんだよ?」

「武闘会か? ま、一回戦勝てたらいいところじゃねえか」

「私は優勝狙いたいところだけどね」

「ははは。無理無理。、またバロウの優勝で決まりだよ」


 聞き耳を立てていると、どうやら武闘会に参加する人たちらしく、その話で盛り上がっているようだった。

 俺はそんなものに出るつもりもないし、勇太たちだって同じ考えだったようで、彼らの話をその後聞くようなそぶりはしない。


 そうこうしていると、玉葱と肉をソースで炒めた物が目の前に置かれる。


「いただきまーす」


 勇太と磯さんがガツガツと食事を食べ始める。

 俺もよく焼けた肉を口に含む。

 肉の脂身とソースの辛味、悪くはないが……昨日の由乃の唐揚げを思い出す。

 晩御飯だけ向こうに食べに行こうかな。

 だけど黙って一人でそんなことしてたら、勇太たちに悪いか。

 

「……どうした?」


 肉を食べている俺を、由乃がじっと見つめてくる。

 そんな可愛い顔で見つめられるとときめいちゃうからやめて。


「あの……よければ明日からは私が何か作りましょうか?」

「え?」


 由乃は《ホルダー》を開き、カードの確認を始める。


「食材もそこそこありますし、このお店のものより美味しいものは作れそうですよ」

「マジかよ! 由乃って料理できんの?」

「はい。お母さんに家事のことは一通り教えてもらいましたから」

「じゃあ頼むよ。こっちの料理はあんまり口に合わないんだよな」


 勇太が玉葱をバリバリ食べながら由乃に親指を立てる。


「司くんもそれでいいですか?」

「あ、ああ。手間じゃないなら、その方が嬉しいけど」

「なら決まりですね。司くんの好きなトンカツ作りますから、期待しておいてください」

「はぁ……」


 何で俺がトンカツ好きなの知ってるんだよ?

 他人にそんな話したことないのに。


「私、ピーマンの肉詰めがいい」

「分かりました。円ちゃんの分も腕によりをかけて作りますね」


 円は特に口に合わなかったららしく、少しだけ肉を食べて残りは全部磯さんが食べていた。

 この店……というか、この世界の味が悪いというわけではないのだろうが、俺たち日本人にはあまり会わないのだと思う。

 最近は食料のカードも充実してきたようで、皆の分を合わせればなんとでもなることが分かった。

 俺は相変わらず調味料ぐらいしか入手できないので、ここも皆におんぶにだっこ。

 他のことでサポートするから、これぐらいは許してね。


 食事を終えて宿に戻り、ここから楽しみのレベルアップが始まる。

 今日はよく歩いたので、勇太たちは早々と眠りについていた。

 俺は【帰還】でデスフロッグたちがいた場所まで移動し、召喚モンスターを解き放つ。

 オークたちがデスフロッグとドラゴンフライを蹂躙していく。

 RPGでレベルが最高まで上がった状態で道中の敵を軽々と倒していく光景を思い出す。

 まさに今目の前で起きているのはそれ。

 俺のモンスターたちが苦戦することなく敵を倒していく。

 その様子を数分見届け、俺はダラデニーへと瞬間移動をし、【閃光】で西に向かって駆け出した。


 西の方角、オルトロスがいた場所のさらに西に変なモンスターがいるのを確認していていたが今日まで先延ばしにしてしまっていた。

 どんな敵であろうと、俺にとっては強くなるための土台。

 倒せば倒すだけ強くなるんだから、こんな嬉しいことはないよな。

 俺は新作ゲームでも買った帰り道のように、喜びを爆発さながら走り続けた。

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