第47話 門番
レベル上げに向かうという勇太たちに、気分が悪いという適当な言い訳をつけもう一人の由乃がいる世界へとやって来た。
時刻は朝の8時。
俺が通っていた学校……と言っても、ここは俺の世界ではないので、正確に言えば俺の通っていたところとは違う存在なのだが……
とにかくその学校の校門に着くと、すでにそこには由乃がいた。
由乃は淑女と言わんばかりのとても綺麗な姿勢でしゃんとそこに位置し、俺はそんな彼女を見て、姿勢を正して近づいて行く。
「おはよう、由乃」
「おはようございます、司くん!」
高すぎず低すぎず、聞き心地のいい声で、俺を迎えてくれる由乃。
どこかホッとしたような表情を浮かべているような気がする。
もしかして、俺が来ないかもと思っていたのか?
俺を見くびらないでくれたまえ。
俺は約束は守る男ですよ?
「司くんがいてくれたら、心配することなんてありませんね」
「いや、どうだろう? もしかしたら俺でも勝てない相手かも知れないぞ」
「いいえ、大丈夫だと思います! だって、化け物をあんな軽々と退治してしまったじゃないですか。あれだけ強かったら、きっと門番でも勝てるはずです」
「まぁ、出来る限りのことはやりますが」
「……信じたいんです。別の世界からやって来た司くんが、このおかしい世界を正してくれる救世主だと」
「由乃……」
救世主だなんてさすがに言い過ぎだ。
しかし由乃は、眼鏡の奥の目をキラキラさせて俺を見つめている。
ちょっと恥ずかしいけど、否定するのはやめておこう。
期待に応えれるかどうかは分からないけど、うん。
出来る限りのことはやろう。
俺は遠くに見える塔を見上げながら由乃に訊ねる。
「由乃。あの塔はどこにあるんだ?」
「東京タワーがあった場所にあるんです。港区ですね」
「東京タワー……よし。そこなら行ったことがあるから飛べそうだな」
「飛べそうって……どういうことですか?」
俺はニヤっと口元を上げ、由乃の手を引く。
「あ……」
「こういうことだよ」
俺は【帰還】を発動させ、東京タワーを頭の中でイメージする。
「え、ちょ、どうなってるんですか……?」
目を開けると、眼前に巨大な塔がある。
遠くで見るより、圧倒的な威圧感。
そんなはずないのに、倒れてきそうで怖い。
由乃は唖然と周囲を見渡し、何が起こったのか理解できていない様子。
俺は苦笑いしながら、周りを見渡す。
ここら辺の建物は全て破壊しつくされ、まるで戦後のような雰囲気。
瓦礫だらけで見るも無残な光景が広がっている。
「……入り口は?」
「あ、あちらです」
塔を見上げて、ようやくどこにいるのか把握した由乃は、俺の手を引いたまま歩き出した。
「……手、握ったまま?」
「ご、ごめんなさい。ちょっと怖くて……良かったら、このままでいいですか?」
そう言った由乃の手は、確かに少し震えているようだった。
この世界を恐怖のどん底に陥れいている元凶の塔が目の前にあるんだ。
怖いのは仕方がないだろう。
俺が手を握ったぐらいでそれが少しでも和らぐというのならば、いくらだって握ってくれても構わない。
ただ……
「…………」
「…………」
恥ずかしい!
女の子と手を繋ぐなんて初めてだから、緊張する。
先に手を握ったのは俺だけど……まさかこんな展開になるとは。
由乃と共に10分ほど歩いて行くと、大きな扉がある位置へと辿り着いた。
扉の高さは10メートルほどあるだろうか。
幅は8メートルほどあり、車が何台も同時に通れそうなほど広い。
扉はまだ開いておらず、その前に20名ほどの男の人が神妙な面持ちで立ち尽くしていた。
「あれは?」
「門番を攻略しようとしている方たちだと思います……門は決まって日曜日の9時に開くので、それと同時に攻撃を仕掛けようという考えだと思います」
「特攻か」
褒められたものじゃないけど。
だけど、この世界をどうにかしたいと考えている人たちなんだと思う。
俺たちが彼らに近づいて行くと、ビクッと反応を示す。
「お、驚いた……化け物かと思ったよ」
「すみません……あの、お話を聞いてもらってもいいですか?」
「は、話? 何の話だ?」
由乃が俺から手を離し、咳払いをして真面目な顔で言う。
「この人が……門番を倒してくれます。だから、安心してください」
「こ、この子が門番を……?」
そこにいた人たち全員が大笑いし、由乃を軽蔑するような目で見る。
「冗談を言いにこんなところまで来たのかい、姉ちゃん? これまで多くの人があれに殺されてきたんだ。こんなガキが一人来たところで意味無いよ」
「…………」
由乃は少しばかり眉根を寄せながら男の人たちに視線を向けていた。
そこから無言のまま、扉が開く時間を待つことに。
30分ほど時間が経った頃、扉の方からゴゴゴッと大きな音が聞こえてくる。
振り向くと、観音開きの扉が一人でに開いていくのが視界に入ってきた。
「時間か……お前らは下がってろ」
「ここから先は冗談じゃ済まない。ほら、さっさと下がれ」
「俺が行くから、皆は下がっていてくれ」
「は?」
俺が一歩前に出てクロスボウを取り出すと、男たちはため息をつきながら俺の肩に手を置く。
「ほら。冗談はそんなぐらいにして――」
「冗談じゃないさ。この冗談みたいな世界を元に戻すためにここに来たんだ」
ズン! ズン! と大きな音を立て、巨大な鎧が塔から姿を現す。
それは頭の先からつま先まで、漆黒の鎧に身を包み、右手にはキラリと怪しく光る剣、右手には悪魔のような顔が張り付けられた盾。
背の高さは5メートルほど……重量感もたっぷりで、動き自体は緩慢であるがその分余計に怖さを感じる。
周りにいた男たちはゴクリと固唾を飲み込み、由乃はガタガタ震えて俺の服の裾を握った。
皆似たような反応をしている。
俺だって怖さを感じているし、今すぐにでも逃げ出したい気分だ。
だけど、ここで逃げるわけにはいかない。
自分がやれるだけのことはやってみよう。
【心術】で恐怖を感じる心を落ち着かせ、由乃の方を見る。
「じゃあ、行ってくるよ」
「は、はい……気をつけてください」
俺は全力で駆け出し、鎧姿の化け物へと接近していく。
「お、おいやめろ! 君一人じゃ無茶だ! あいつにはもう何人も殺されているんだぞ!」
背中から聞こえてくる声を無視し、俺は走る。
走りながら【潜伏】を発動し、相手の反応を窺う。
「き、消えたぞ、あいつ!」
「どうなっているんだ!?」
「え、あそこにいますけど……」
「えっ!? あれ、どこから話して……?」
由乃は俺が仲間だと認識しているので、彼女にも【潜伏】の効果が見られた。
彼女には俺の姿が見えるし、周囲からは彼女と俺の姿が見えなくなっている。
大きな鎧……門番の反応はどうだろうか?
門番はこちらに気づくことなく、由乃たちの方へと歩みを進めている。
見えていない!
これなら、隠れながら戦えるぞ!
俺は笑みをこぼしながら門番の頭部を狙い、クロスボウのトリガーを引く。
「【パワーショット】!!」
ドンッ! と勢いよく飛翔していく高速の矢。
それは門番の頭に突き刺さり――爆発を起こす。
「「「ええっ!?」」」
頭部からピューピュー青い血を吹き出す門番。
そのままズシーンと地響きを鳴らしながら地面に倒れてしまう。
俺は【潜伏】を解除し、由乃たちの方に視線を向ける。
「す、すげー……」
「あ、あんな化け物を一瞬で……」
「す……す……す」
由乃の震えは、恐怖から歓喜に変化し、涙目で俺を見つめている。
「凄いです、司くん!!」
そして全力を持って俺の胸に飛び込んで来る。
「凄いです、凄いです、凄いなんてもんじゃありません! もう控えめに言って神です!」
「か、神は控えめじゃない。大袈裟だ」
大袈裟なことを言い、大袈裟に喜ぶ由乃。
俺はそんな彼女の柔らかい体と甘い香りを嗅ぎ、真っ赤に顔を染めて狼狽えて足元をフラつかせていた。
いまいちしまらないなぁ。
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