第29話 別世界
「えっと……天野由乃、だよな?」
「は、はぁ……」
由乃の糸を引きちぎりながら俺は尋ねた。
やはり由乃で間違いないようだが、彼女は俺のことを知らないらしい。
どういうこと?
起き上がる由乃は両手で大きな斧を持って軽鎧で身を包んでおり、ジーッと俺の顔を覗き込んでくる。
凄く良い匂いがする……って、今はそんなことどうでもいいんだよ。
「俺たち、向こうの世界に召喚されて……でさ、こっちに戻るために一緒に冒険に出て」
「え? 召喚? 異世界? それって漫画とか小説の話じゃ……」
「いやいや……って由乃は召喚されてない?」
「召喚なんかあるわけないじゃないですか」
由乃は疲れた表情をしており、大きなため息をつく。
だがそれは俺に対して呆れているといった様子ではなさそうだ。
「異世界じゃありませんけど、化け物が現れてここはここで大変じゃないですか。まだ異世界に飛ばされた方がマシまであるかも知れないし、何か夢でも見たんじゃないのですか?」
「そこなんだよ」
「え?」
由乃は眼鏡を外し、それを拭きながら俺の顔を見上げる。
「いや、さっきまで異世界にいたんだけど……あ、これは本当の話でさ……それでこっちに戻って来る手段を手に入って帰ってきたらモンスターがいるし、あそこに塔はあるしで混乱してるんだよ」
「……塔を知らないのですか?」
「ああ。あんなの無かったからな」
由乃は眼鏡をかけ直し、真剣な顔をする。
俺も真剣な表情を向けていた。
「あの塔は《神の塔》……神様の下まで続いていると言われています」
「《神の塔》……」
「一年ほど前に出現して、それから化け物も現れ始めたんです……って、本当に知らないみたいですね」
「あ、ああ。だからそう言っただろ」
「……あの強さは異世界で手に入れたもの、ということですか?」
俺は由乃の言葉に首を縦に振る。
由乃は「なるほど」と一言だけ漏らし、顎に手を当て思案顔をしていた。
「……あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「俺は……島田司」
顔見知りの人間に自己紹介って……なんだか奇妙な気分。
「司くん……私も一緒に異世界に召喚されたって話ですけど……もしかしたら、司くん、パラレルワールドにでも来てしまったんじゃないですか?」
「パ、パラレルワールド?」
確か、自分がいる世界と並行して存在する別世界、だったっけ。
そっくりだけど住んでいた世界とは違う世界、か。
「…………」
パラレルワールド……なんだかそう考えたらしっくりくるな。
元いた世界とは似て異なる、全く違う世界に来たということか。
「もしかしたらそうなのかも知れないな……由乃とは知り合いだったし、そもそも由乃はまだ異世界にいるはずだ。それに、ここは俺の知っている世界とは違う」
「司くんが来た世界は、どんな感じだったんですか?」
「平凡だよ。特に変わったことがない、ごくごく普通の世界。あんな塔は無かったし、モンスターだって現れない」
「そうなんですね……こちらで塔が出現しなかった世界ですか。平和そのもので、羨ましい限りです」
「そう、だよな」
異世界に行ったことと、この世界でのことを考えると、平和って当たり前だけど、凄く素晴らしいことなんだなって実感できる。
当たり前すぎて感謝とかそういう気持ちも持っていなかったけれど、本当にありがいことだったんだな。
「この世界での、その、ルールみたいなものってあるのか? 例えば、こうすればモンスターが出現しなくなるとか、こうやって戦うとかさ」
由乃は塔を見上げ、少し悲しそうに口を開く。
「あの塔の頂上まで到達することができれば、平和が訪れると言われています」
「あの塔の……」
俺は機械的なその塔をしっかりと見据える。
天までも届きそうな果てしない高さ。
あんなものの頂上まで、どうやって行けばいいんだ?
……俺なら壁を走っていけるだろうか?
「自衛隊の人がヘリで上から向かったことがあるんですが……見えないバリアのようなものに阻まれて近づけなかったみたいです」
「あ、そうなんだ……外壁を走って上がれると思ったけど、それじゃ無理っぽいな」
「が、外壁を走る……ですか?」
「うん。なんだかできそうな気がしてさ」
由乃はポカンと口を開け、思考が停止しているようだった。
あ、やっぱり常識敵に考えてたらそんなことできるわけないって思うよね。
でも今の俺にならできなくもないような気がするんだよ。
「ま、まぁ、外から向かうのは不可能として……中に入った人は?」
「まだ誰もいないんです」
「誰もいない?」
「はい……とてつもなく強い門番がいて、どうしても先に進めないんです」
「門番……か。じゃあ俺が倒しに行ってきてやろうか?」
「え?」
「やってみないと分からないけど……入り口の門番ぐらいなら倒せるかも」
無理なら逃げればいい。
《黒き獅子》の時みたいに【潜伏】を見破られたらキツイものがあるけれど。
「でも……司くんでも今は無理だと思います」
「え? なんでさ?」
「だって――」
由乃が左手に巻かれた時計を突き出し、現在の時刻を見せてくる。
表示されていたのは、丁度午前0時になった時間だった。
「? 時間がどうかしたのか?」
「日曜日が終わると塔の入り口の門が閉じて、化け物たちもいなくなるんです」
「…………」
由乃は大きく息を吐き出し、安堵の表情を浮かべる。
「塔の入り口が開くのは、日曜日だけなんですよ」
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