第21話 辰巳とコボルトキング

 草原を歩く辰巳。

 その横に並ぶ三木と、後ろには27人のクラスメイトが続いている。


 三木は辰巳の隣でニヤリと口角を上げて口を開く。


「島田のあの顔、今思い出しても滑稽だったね」

「ああ……」

「ぷぷぷ……元々あいつのことは好きじゃなかったし、仲間外れにされていい気味だよ。辰巳の言う通りにしてよかった」

「…………」


 辰巳と三木は司を仲間外れにし、その様子を楽しもうとしていた。

 三木は単純にそれを楽しんでいたが……辰巳は違う。

 彼には納得がいかないことが一つだけあった。


「だけど大崎たちはバカだね。島田について行ってもいいことなんてないというのに……あんな少人数でどうしようっていうんだ?」


 ピクリと辰巳の眉が動く。

 三木はそれに気づかずベラベラと悪意に満ちた言葉を吐き続けている。


 天野……何であいつの下に残ったんだ。


 辰巳は由乃のことを想い、ギリッと歯を噛みしめる。

 

 辰巳は由乃に対して好意を抱いていた。

 しかし辰巳は由乃が司を特別な目で見ていることを知っている。

 これは由乃のことを目で追いかけ続けていた辰巳しか知らない事実。

 由乃は司のことをいつも気にしていたのだ。

 司本人も知らないその事実に、辰巳は憤怒と嫉妬の炎を燃やし、司のことを恨むようになっていた。


 仲間外れにすることによって、司と由乃を切り離すつもりだったのに……

 普通、あの場面なら俺についてくるだろ?

 あそこで弱者と危険な旅を選ぶなんて、バカのすることだ。

 だけど天野はバカなことを選んでしまった……大崎たちと共に。


 辰巳はそう考えながら後ろのクラスメイトたちの方に視線を向ける。

 こんな奴らはどうだっていいのに……あいつだけがいてくれたら良かったのにと、また司への恨みを再燃させていた。


 辰巳が話を聞いていなくとも、三木はベラベラと喋り続けている。

 

「南もバカだよね~。何で美少女たちは島田について行って――って……?」


 三木は目を凝らして草原のはるか先を見る。

 そこには不自然な砂煙が舞っていた。


「あれ、何だろう……」

「?」


 辰巳は三木の言葉に、遠くの方へ視線を向ける。

 

「あれは……モンスターか?」


 それは、コボルトの集団であった。

 数えきれないほどのコボルトの大群が、辰巳たちの方へと駆けて来ている。

 コボルトたちの足音が耳に届き始め、怯え始める皆。


「た、辰巳……どうしよう!?」

「おい、あんな数、流石に勝てねえぞ!」

「に、逃げるか……?」


 三木も男子も女子も。

 辰巳以外の者は全員戸惑うばかりであった。


「逃げるまでもない……どれだけ敵がいようとも、俺は負けない! 俺は……【勇者】なんだからな! 【戦士】とは違うんだ……できないことなど、ない!」

「た、辰巳!」


 辰巳は鉄の剣を取り出し、コボルトたちへと向かって突撃を開始する。

 司のことを考えていたこともあり、頭に血がのぼり過ぎていたということもあるだろう。

 あいつには不可能なことをやってのけてやる……そうしたら、天野は俺に振り向くはずだ!


「うおおおおおっ!」


 辰巳は鬼の形相でコボルトを斬り付けていく。

 次々と敵を倒していく辰巳の姿を見て、三木たちは己を奮い立たせ、辰巳に続いた。


「辰巳と一緒なら勝てるぞ!」

「ああ! 俺たちも勇者に続くぞ!」


 辰巳の暴走としか言えない勢いに続いていくクラスメイトたちはコボルトとの戦闘に突入する。

 コボルトの剣を男子が武器で受け止め、後方から敵の首を弓で射る三木。

 魔術の援護もあり、敵の数はみるみるうちに減っていた。

 何倍もいる数を前にしてその場にいる全員が勝利への希望を見出していた。


「これなら、いけるかも知れないな!」

「ははは! やっぱり辰巳がいたら……?」


 だが、更なる大群がこの戦場へと向かって来る姿が目に入る。

 その数は今目の前にいるコボルトの比ではない。

 何倍ものコボルトたちが奇声を発しながら駆けている。


「ちょ……逃げようぜ……」

「あ、ああ……」


 その暴力的な数を前にして、皆逃げ出そうとする。

 だがその場にいるコボルトが、辰巳たちを取り囲む。

 援軍が来れば絶対に負けない。 

 そう考えるコボルトたちは、辰巳らを逃げられないように進路妨害を始めていた。


「なめるな……どれだけ来ようが、俺は負けない!」


 辰巳は自身に与えられた特別な力を絶対的な物だと信じている節があった。

 俺なら絶対負けない。

 何百何千の敵がいようと、勇者の力があれば。


 しかし。

 コボルトたちの戦闘を走る、二回りほど大きなコボルト――青い毛並みをしているコボルトキングが辰巳と衝突する。


「ぬふふっ。食事発見」

「食事だと……俺は勇者だ。誰が相手だろうと――」


 コボルトキングは背中に背負った大剣を手に抜き取り、辰巳の剣を真っ二つに切り裂いた。


「なっ!?」


 たじろぐ辰巳。

 その顔をコボルトキングはニヤニヤしながら見下ろしている。

 ジリジリと追い詰められていき、皆が辰巳の下へと集まって来る。


「た、辰巳……これ、どうするの?」


 ガタガタ震えながら、三木は辰巳にそう訊ねる。


「教えてあげよう」

「え?」


 その言葉を聞いていたコボルトキングはニヤ―と笑いながら三木に言う。


「どうするもこうするも、君たちは俺に喰われたらいいんだよ。ぬふふっ」

「……はっ?」


 唖然と三木は、コボルトキングの顔を見上げる。

 次の瞬間、奴の大剣は三木の右腕を斬り取ってしまう。


「ぎゃ――――!!」


 落ちた三木の右腕に齧りつき、コボルトキングは愉悦の笑みを浮かべる。


「ぬふふ。人間の肉はやっぱり美味いなぁ」

 

 クチャクチャ音を立てながら三木の腕を飲み込むコボルトキング。

 三木は目を見開きながら、地面を転げ回る。


 辰巳たちが負けてしまった原因は、辰巳の無謀な特攻もあるが、やはり絶対的にレベルが足りなかったことであろう。

 勇太たちはコボルトリーダーと戦ったことからレベル上げが必要だと踏み、エキルレの町へ滞在していたが、彼らは今まで数で何とかしのいでこれたこともなり、城の周り以外ではまともにレベルを上げるようなことはして来なかった。

 

 辰巳ならばしっかり力を蓄えていたのなら、コボルトキングに勝利することも不可能では無かったのだろうが、その無駄な自信が仇となってしまったのだ。

 レベル上げなど不要。

 そのような慢心こそが、今回の敗北の根本的原因であった。


 辰巳は今更そのことに対して後悔を始める。

 まさか自分が勝てない相手が現れるとは……


 だが時すでに遅し。

 辰巳たちはあっさりと、コボルトたちの捕虜となってしまったのであった。

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