第141話 絡んでこないのにウザい奴らっているよね
セルジ・アラガメはダンジョンの隅っこでひっそりとキャンプしていた。
蝋燭のかすかな光源を頼りに、国元から送られてきた新聞記事と手紙を読む。
いまや王朝は空前絶後の王国ブームらしく、王国に向かう観光ツアーもたくさん組まれるようになり、来年度予算で暗黒山脈にトンネルを掘ろうという話も上がっているらしい。
そんな輝かしい記事のあちこちに仲間だった者たちの名前がある。まずセルジの目に飛び込んできたのは、リュウガとアイラだ。
二人がイチャイチャと抱き合っている映像が、魔法紙の上で何度も同じ動きをしてみせる。これは写真のような版画に陰陽術を付与して、紙面上で映像のように見せているだけだが、他の国には見られない仕組みだ。
「リュウガ様、王朝の古い意識改革に意欲を見せる」
「アイラ様とのご婚礼でテキーラ一本を一気に召し上がる」
「リュウガ様アイラ様、王朝の富国強兵方針に反対の意を示される」
「産めや増やせや! エリューデン公爵家、王の宮に
国に戻ったリュウガ・エリューデンは、ギャル稀人のアイラと速攻で入籍し、国民からは「稀人を連れ帰ってきた男」として人気爆上がりになったらしく、エリューデン公爵家の家督も継いだらしい。
しかしあのリュウガがアイラに感化、いや、調教されて「国際的には差別とかありえないし」等と言い出し、王朝の古くからある亜人差別や男尊女卑の考えを正そうとしているというのには驚いた。そればかりか家の金で
そんなリュウガがガングロ金髪のチャラ男になってしまったのは完全にアイラの趣味に寄せたのだろうが、その豹変っぷりも国民からは「お硬い王朝に新しい風が!」と受け入れられているという。
セルジの読みでは「他の国とは距離をおいている王朝は、こういった変化に戸惑い、きっと保守的になるはず」と思っていたのに、すでにユーリアンという傾奇者がアホなことばかりしていたので変革を受け入れる下地はできていたのだろう。
そのユーリアンは王国の第三王女だったエチルを娶って戻ってきたので「王朝と王国に強い絆が」と、これまた大歓迎を受けていると記事に書いてある。
特にエチルは若く美しいので彼女の版画は大人気。婦女子はエチルのマネをして髪型や化粧法を変え、エチルがミニスカートを履けば町娘たちもこぞってミニスカートの着物を買い込んでいるらしい。
「王朝文化が侵食されている気が」
まさかそんな文化交流大使みたいなエチルが、ちょっと前までロウラに洗脳されて何人もの男たちを食い散らかしてアモスという婚約者も捨てたバカ王女だったとは、誰も思わないだろう。
新聞を横に置き、アラガメ公爵家の蝋印が施された便箋を開く。
そこにはセルジの妹ミラについて書かれていた。
ミラは宣言通り公爵家の離れを我が物にし、その地下牢にロウラを閉じ込めて毎日愛でているそうだ。
便りには「日に日にあの奴隷がやつれていくがいいんだろうか」と親の心配が綴られていたが、ロウラは悪いことをして犯罪奴隷に落ちた男だし、働きたくないと言っていた怠惰なクズだから現状に不満はないんじゃないかとセルジは思っている。
「しかし……実の娘が奴隷を引っ張り込んで淫蕩に耽っているというのに、うちの親たちの手紙にはレティーナ皇女の話しか書いてないじゃないか」
王朝ではレティーナの活躍が一番の話題らしく、手紙には週刊誌の切り抜きが貼り付けられていた。
「またもやダンジョン深部で幻の防具を発見」
「レティーナ皇女の側近、
「王国のサンドーラ伯爵令息のアモス氏と親密にお話なされる皇女様」
記事を見てセルジは青ざめた。
「いかん。この国の貴族にレティーナを盗られてしまう」
手紙の末尾にレティーナのサイン色紙を送ってくれと書いてあったがそんな事はどうでもいい。
「くっ、だけど焦ったところでどうにもできない」
セルジは公爵家の長男として生まれ育ち、王朝の政治家や軍事面などにコネを張り巡らせて自分の立ち位置を確固たるものにしてきた。その影響力は王朝内では抜きん出ており、朝乱が起こるとすれば彼の仕業に違いないと口さがなく言われるほどであった。
だが、そんなセルジも他国のダンジョンでは一人の男として生き延びなければならない。レティーナどころではなく明日死ぬかも知れない身の上なのだ。
もちろんセルジは何度となく冒険者ギルドに通ったが、どういうわけか「受付統括が留守なので他国の方の依頼は現在受けられません」と断られてしまった。
現地で冒険者を直接スカウトしようとしても「もうパーティ入ってるから」と断られっぱなしだし、だからと言ってまごついていたら、いつまで経っても王朝に帰れないし、下手をすると皇女レティーナが他の男を皇王にしてしまう可能性もあった。
だから単独でダンジョンに挑み続けている。
そうして気が付いたら一人で第一階層を超えられるほどの実力者になっていた。
「ようセルジの旦那」
セルジのキャンプ前を通り過ぎていく冒険者達が挨拶する。セルジは冒険者としてこの近辺では随分と認められる存在になっていた。きっとセルジが他国の公爵貴族だなんて誰一人として思っていないだろう。
『僕自身にこんな粘り強さがあるとは思っていなかったよ』
スケルトンとの戦いで破損した革鎧を自分で手直ししながら、セルジは冷える足元を寝袋に突っ込んだ。
ダンジョン内のキャンプは厳密にはキャンプとは言えない。魔除け効果のある蝋燭を四方に置いて簡易寝袋に包まって寝るだけなのだ。
『はて。この蝋燭の側面に掘ってある仮面のマークは何だろうか』
実はこの蝋燭自体には何の効果もない。鑑定の特殊能力を持った稀人がそれを公言しているくらいで、魔除け効果があるというのは冒険者たちの「噂」でしかないのだ。
だがこれは本当に魔物を寄せ付けない。
実はこの蝋燭、ダンジョンマスターのアラハ・ウィが副収入用に製造販売している品で、これを使用している冒険者はスルーしなければならないという魔物たちの社内規定があるので安全なのだ。
『それにしても銀色のスライムも見つからないし……僕はいつまでこのダンジョンに挑み続けるのだろうか』
ふと我に返りそうになるが、セルジは頭を振った。ここまできてやめることなど出来ない。
「?」
何かが目の前の床をすごい速さで抜けていった気がする。目の錯覚かと思いきや、胸元をバインバインと左右に揺らしながらノーム種の女がそれを追って駆けていった。
「んまてごらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
女はあろうことかセルジが置いていたキャンプ用蝋燭を蹴り飛ばしていった。
「ちょっと! なんなんだよあいつは!」
憮然としながら蝋燭を拾いに行こうと寝袋から這い出ていると、別の人々が走ってきた。
「ちょ、姉御! 待って!! なんでこういうときだけ早いんだよ!」
「ふむ。あのおっぱいであんなに走って痛くないのか」
「痛みより大事なものがあるんだよ!」
「おいビランとアルダム。お前たちのキ◯タマもぶつけながら走ったらどうだ」
「おいおいシーマ、あんた、ガラバ以外の男にも優しくしたほうが良いぞ」
「そうだよ。姉御よりちょっと胸が小さくて薄いからってゴファッ!」
三人の戦士系の男たちが走っていき、その中で一番小柄な童顔の男は
「騒がしい連中だ」
憮然としながら最初の女が蹴り飛ばした蝋燭を拾い上げると、目の前の暗がりになにかいた。
「……」
『……』
それは冒険者たちの間で噂になっている「銀色のスライム」だった。
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