第140話 セルジはウザい仲間たちに出し抜かれる

 数ある冒険者パーティが挑む「ウザードリィのダンジョン」に、最近まことしやかに囁かれる噂があった。


「銀色のスライム?」

「それが倒すとすげぇことになるんだと」

「なにが凄いことになるんだ?」

「よくわからねぇんだが凄ぇ戦闘経験が積めるらしい」

「スライム相手に?」

「ああ、マーフィー先生の訓練場なんか目じゃないって噂だ」


 この世界はゲームではないのでモンスターを倒したら一定の経験値を得られ、その経験値が蓄積することによってキャラクターレベルが上がり、レベルが上がるとステータス値が上昇する……ということはない。


 剣を綺麗に振り下ろすために何万回と素振りし、魔法を正確に早く詠唱する経験を積み、実践でそれらの良し悪しを知り、常に自己改善していくことが「経験」であり、それによってステータスが上がっていくものなのだ。


 それをスライム一匹倒すだけで得られるというのは信じがたい話だ。


 だが、セルジ・アラガメ公爵子息はその他愛もない噂を信じるしか道はないと思いながらダンジョンに挑んでいる。


 王朝四代公爵家の威光も届かないダンジョンの中で、一人ブツブツ文句を言いながら歩いているセルジは、その細い目に明らかな怒りの色を携えていた。


「あの腰抜け共!」


 そう叫ぶセルジに何があったのかは、集合時間の今朝まで時間を戻さねばならない。




 □□□□□




「は? どういうことかな?」

「すまんなセルジ。私はもうダンジョンに行かない。今から国に帰ってこちらの稀人……アイラと祝言をあげるつもりだ」


 一番功名心が強いリュウガ・エリューデン公爵子息は、まるで骨抜きにされたカエルのような顔で隣の女性の腕に組み付いている。女が男の腕に組み付いているのなら分かるが、精悍なリュウガが女のようにアイラの腕に組み付いているのは不気味でしかない。


「あーしを嫁に迎えたいってうるさくてさ。店長にはOKもらったし、あーしの仲間たちにも引き継ぎしたし、王朝ってあーしの生まれたとこに似てるっぽいし、ま、いっかなーって」

「ち、ち、ちょっと待ってくれたまえ。あなたは稀人? 稀人を勝手に国外に連れ出したら、それこそ王朝は王国に戦争をふっかけていると見做されるぞ!?」

「問題ない。朝一番でアイラと王妃様にお伺いを立て、婚姻の許可を得た」

「嘘だろ……」


 セルジが焦ったのは、ダンジョンに向かう戦力がいなくなるからではなく「稀人が少ない王朝に、他国から稀人を連れてきて子孫繁栄させること」がとんでもない英雄的行為だとわかっているからだ。


「てか、リュウガ! 君ともあろう男がどうしたんだい!? 女は蔑み男を敬えと常々言っていた君が、そんなナヨナヨと!」

「あぁ、己を知ったよ。これから先、私はアイラのために生きる」

「おいリュウガ。あーしが飽きたら捨てっからな? バツイチとか怖くねーから」

「アイラちゅわぁん、そんなこと言わないでくれよぉ~」


 誰がこんな情けないリュウガの姿を想像し得ただろうか。


「一晩で一体何があったっていうんだ」


 セルジでなくともそう思うところだろうが、「ちょっとこの女と遊んでやろう」くらいに考えていたリュウガは、逆にアイラから一晩中責め立てられ、抵抗しようにも鍛えられた稀人パワーに勝てるわけもなく、逆に「王朝の淑女では絶対にやらないであろうありとあらゆるプレイ」にメロメロにされてしまったのだ。


「あんな体制であんな事をするなんて、私は新しい世界に目覚めたよアイラ」

「なにされたんだよリュウガ……」


 セルジは目頭を押さえた。しかしよくよく考えたらいくら稀人を国に持ち帰った英雄であろうと、皇王の座には及ばない。セルジはこれまで通りレティーナを娶る計画に変わりはないと確信し、その邪魔者が消えただけと思うことにした。


「……わかったよ。リュウガは皇王の座を捨てるということだね。だけど、ユーリアン。君はどういうことだい?」


 傾奇者は一夜にして七三分けの眼鏡マジメくんに変貌を遂げていた。その傍らには清楚な女性がいるが……。


「紹介しよう。俺の妻となるエチル・キャリング公爵令嬢だ」

「は?」

「継承権はなくしたが、この国の王家第三序列だった王女様だ」

「ちょ、ま! 王国王女を妻に迎えるって!? それこそ国と国の───」

「朝イチで王妃様の許可はとった」

「随分早起きだな王妃!!」


 セルジは細い目を見開く勢いでツッコミを入れた。


「エチルはいろいろあって王国内に居場所がない。国外で嫁ぎ先を探しているところだったらしく、王妃様は諸手を挙げて歓迎してくれたぜ」

「それは……。だけど君の変貌はどういうことだい」

「王女様を迎え入れるのにあんなバカみたいな格好していられないだろ」

「君のポリシーは紙より薄かったな!」

「エチルがもうチャラついた男は勘弁だと言うんでな」


 そのエチル嬢は、強い視線でミラが連れている奴隷の男……ロウラを睨んでいる。この男のせいで失墜し国外追放されるのだから当然の視線だ。


「てか、ミラ。その奴隷とくっつきすぎじゃないかな?」

「兄様。私はこの奴隷と結婚します」

「………ナニヲイッテルノカナ?」

「この人、私がいないと駄目なんです。靴下も履けないし、朝も歯磨きも出来なかったんですよ、もう♡」


 セルジは頭を抱えた。自分の妹がダメ男好きなのは前々から知っていたが、まさか奴隷と結婚しようとは。


「ミラ! 僕は許さないよ。アラガメ家に奴隷を入れるなんて!」

「あら兄様。私は家から出てこのロウラと王国に住むことにしますのでご心配なく」

「バカなのかな! 僕たち貴族がそんな勝手に結婚して家や国を捨てるなんてできるわけないだろ!? しかも相手は働きたくない奴隷とかありえない!!」

「けど顔は良い男でしょう?」

「顔なんかどうでもいい! 僕は君の立場を……」

「いろいろ話は聞きました。エチル様」


 ミラはユーリアンが連れ立っているエチル元王女に向き直り、深々と頭を下げた。


「ロウラを家から出すつもりはございません。座敷牢に死ぬまでつないで、一生私が面倒見ます。誰の目にも触れさせません。ご飯も歯磨きも着替えも下の世話も全部全部私がやってあげます。将来子供が出来たとしても、その子達の目にも触れさせません。ロウラは私だけの奴隷なのですから。ふふ、うふふふふ」

「メンヘラ発揮!? おい奴隷。ロウラと言ったか? 君はこれから監禁されて死ぬまで自由を奪われるんだぞ、それでいいのか!?」

「俺は……働きたくないし、それでいい」

「おいおいおい嘘だろ!?」

「兄様。ちなみに王妃様には朝イチでお許しをいただきましたわ」

「王妃、朝っぱらから大変だな!」

「その王妃様から兄様に伝言です。ウザードリィ領のダンジョンをクリアする約束、期待はしていないがちゃんとやれよ、とのことです」


 セルジはここにきて「しまった」と声に出そうになった。


「もしかして君たち全員、その責務から逃れるために結婚を!?」


 リュウガとユーリアン、そしてミラはそっぽを向いた。


 セルジ以外は王妃に認めてもらった寿退席なので、ダンジョンに挑む責務から逃れられたのだ。


 こうなるとセルジは一人で王朝の威信をかけてダンジョンに挑まざるを得ない。政治戦略を得意としていたはずのセルジなのに、一夜にして仲間たちに出し抜かれたのだ。


「君たち、おぼえてろよ。僕が皇王になった暁には公爵家はなくなるものと思ってもらおう!」


 こうして皇王の座を巡って争ってきた者たちと参謀役を失ったセルジは、自分の仲間を見つけることも出来ず、一人でダンジョンに挑むことになった。


「倒せば強くなれる銀色のスライム。そいつさえ見つければ僕にも勝機はある!」


 セルジは迷宮攻略本「ウザードリィのすべて」を見ながら、強く心に誓った。

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