第100話 ウザ王女の受難のはじまり
エチル・キャリング。
透き通る朝の木漏れ日のような金髪が美しいこの娘は、貴族の中でも最高位と言ってもいい「公爵家」の長女にして、「王家第三序列」の王女である。
加えて眉目秀麗、容姿端麗、天香国色、沈魚落雁、純情可憐、純真無垢、明朗闊達、博識多才、才色兼備、鶏群一鶴……。彼女を称える言葉は尽きないが、誰もが認める王立トラントラン学院の「姫」である。
「ごきげんよう」
「あらあらまあまあ」
「そんなことございませんわ」
そんな上品な言動で、生徒はもちろん教員からも憧れの的であったエチル王女だが……
「ちーっす」
「ふ~ん、えっちじゃん」
「てかマジぃ~? やばぁ~wwww」
キャリング公爵家が食客として招いている【センター街の悪夢】の異名を持つ稀人の影響をモロに受けて、清楚可憐だった姫の印象は吹っ飛んでいる。
これまでは婚約者だったアモスが口煩く注意してきたが、その厄介者を排除できたので最近はさらなる自由を満喫していた。
「そもそもあいつウザかったのよね。なんか女々しいっていうかぁ、うちに合ってないっていうかぁ」
講義の合間にある休み時間。ギャルメイクのエチル王女は、机に足を載せてスカートの中が見えていようがお構いなしの格好で、取り巻きのギャル友たちに愚痴を吐いた。
「でたアモスwww ザマァすぎるwww」
「確かにあんなチビが婚約者とか~、姫にあってなかったし~」
「ロウラのが全然いいじゃんねー」
取り巻きたちがエチルに同意して持ち上げる。
「てか、廃嫡させるのマジヤバイwww」
「食べてけないから冒険者になったってほんと~?」
「やだー、おー(↑)ちー(↓)ぶー(→)れー(↑)」
王女から婚約破棄された時点でアモスの品格はなくなったも同然で、それに加えて廃嫡も命じたので伯爵子息ですらなくなった───というのがエチルたちの認識だ。
実際は王国の実質的支配者である「王妃」を筆頭に、元老院や貴族院がこれを問題視して対応を協議している最中だが、エチルはもう終わったことだと思っている。
「でさぁ、ロウラが男爵家を継いだら
「マジ?wwww」
「陞爵やば~」
「けど王妃にならないとそんなことできなくないー?」
ピシッと空気が変わった。
「あ……ごめ……」
エチルに異を唱えることはこのメンツで死を意味するのだが、思わずそれを口にしてしまったギャルは顔面蒼白になった。
「そうよ、その通り。だからうちの上にいる序列の二人と今の王妃には消えてもらおうと思ってんのよ」
エチルは紙一重で怒らなかった。もし怒らせていたら、今夜あたりにロウラの
しかし公の場で堂々としかもよく通る大声で謀反話をしているので、周りの生徒は「関わるまい」と教室を出ていく。取り巻きのギャルたちですら顔をこわばらせているのは、こんな話が王家の耳に入ったら死刑にされてもおかしくないとわかっているからだ。
「あれぇ? あんたら無理だと思ってるっしょ? だけどうちのロウラがなんとかしてくれるって言うの。あいつマジ有能♡ 好き♡」
取り巻きのギャルたちは無言で顔を見合わせた。
下級貴族の息子ごときが王位継承権を持つ序列一位、二位をどうするというのか。
「てか、聞いてよ~。今日さぁ、うち、教員室に殴り込んだのよねぇ」
「「「は?」」」
それからエチルいが口にしたヤマもオチもない話をまとめると『今回の試験で廊下に張り出された成績順位表にうちの名前が掲示されてなかったから文句を言いに行った』ということだった。
■■■■■
「どういうこと!?」
教員室に怒鳴り込んだエチル王女を迎えた担任教師は顔を引きつらせた。
「順位表にうちの名前がないなんて、ありえないんだけど!」
「……あのですね、エチル君」
学校内では身分の上下を不問とする。その規則があるため例え王女でも「君」と呼ぶが、実際すべての教員は公爵家より身分下の貴族ばかりなので、言いにくそうである。
担任教師はエチルの回答用紙を取り出して、おそるおそる机の上に並べた。
「……本当は追試なのですが、体調が優れなかったのでしょうか?」
実はこの教員はわかっている。
「姫」が書いた答案の内容は明らかに勉強していない当てずっぽうのものばかりで、中には問題の意味を履き違えていたり、そもそもの回答すら字が間違っている箇所が多い。採点中に「こいつバカなのか」と頭を抱えて氏名を見たら姫だったので唖然としたものだ。
これまではアモスに言われた通りの回答をほとんど丸暗記して、それでも二十位前後という成績だったが、化けの皮が剥がれてしまったのだ。
「そ、そう。そうなのよ。だからこれまでの平均点ということにして、もっかい貼り直してよ!」
「それは憚られますな、エチル君」
横から声をかけてきたのは、王立トラントラン学院で校長職に就いている白髪長髭の御老体だった。
「こ、校長」
「ふむ。取り巻きを連れてこなかったということは、自分の点数が悪かった自覚があるのでは? どうぞこちらに」
校長に促されて、エチルは校長室に連行された。
「なんすか」
エチルが半ギレ気味に言うと、校長は自分の席に腰を下ろして落ち着いた声で言った。
「その派手な化粧といい口調といい、先日の冬至の祭で貴女がやった事といい、当校の生徒としても王家に連なる者としても、私はどうかと思いますがね」
「はぁ? かんけーねーし!」
「それよりも……」
校長は引き出しから念写紙を取り出して机に並べた。それは酷く乱れた服装をして夜の街を歩いているエチル王女の姿だった。
ロウラに腰を抱かれながら胸を揉みあげられて歓んでいるかのような念写紙や、ロウラの
「ど、どうしてそんなものが!?」
「さて。これらは当校の生徒としてとても許容できないものですが、これは貴女でしょうか?」
「ま、まさか。別人っしょ!!」
エチルは否定したが誰がどう見ても自分だ。
「うちの化粧と違うし! この化粧するとみんな同じ顔に見えるっしょ!!」
彼女の頭の中では「この時の化粧は今より派手だからワンチャンごまかせるっしょ!」という計算が働いているのだが、その程度でごまかされるほど校長はマヌケではない。挙動不審で視線が泳いでいるエチルを見て、疑念は確信に変わっていた。
『てか誰がこんな事を!? わざわざ魔法使いに念写させたの!? うちらの隠れ家を知ってて覗いてたやつがいるってこと!? あっ! こんな真似するのはアモスね!! うちに婚約破棄されて廃嫡された怨み!?』
彼女の頭の中では、なんの確証もなくアモスが犯人になった。
「……さて。この写真の人物が誰であれ、あなたには苦言を呈する必要がありますな。最近、随分とロウラ君と仲良くされているそうですが」
「はぁ? うちの恋愛事情とか校長はかんけーねーっしょ!」
「彼は素行がよろしくない。ボロを出さないので退学に出来なかったことが悔やまれます」
「なんの話かわっかりっまっせーん」
「……男爵家の養子ではありますが、元はスラム出身のゴロツキ。そして彼が男爵家に入ったら次々に義理の兄弟たちが不慮の事故にあって亡くなられています」
「はぁ!? ロウラは人格者だし! この念写紙だって捏造に決まってるし!」
今のセリフはここに写っているのは自分だと認めたようなものなのだが、エチルは気が付いていない。それに念写紙は捏造できない。魔法使いが魔力を込めて目の前にある光景を転写するものなので、架空の光景を描くことは出来ないのだ。
だが、校長はそのことには触れなかった。
「わかりました。しかし貴女は婚約破棄した直後です。それなのにロウラ君と校内外でイチャコラしているせいで『実はロウラと浮気してて邪魔になったからアモスを捨てたんじゃなーい?』という噂が女学生の間で広まっているようですよ?」
校長が女声を真似するように言うと、エチルはバカにされたと思ってこめかみに血管を浮かび上がらせた。だが、うまい言い訳をすぐには考えつかなかったので黙ってしまう。
「学生の本分と貴族の品格、そして王家の秩序はお忘れなく。それと───」
校長は長い白髭をさすりながら、一拍空けて言葉を重くした。
「アモス君のサポートがなくなった今の貴女は非常に
見抜かれていた!
エチルは舌打ちしたい気分だったが、顔を引きつらせながらスカートを持ち上げて一礼し、校長室を出た。
『あのクソジジイ、どうにかしたいけどあいつ元老院なのよね。さすがに……。あ、ロウラにどうにかしてもらお♡」
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