第99話 ウザ師匠と暗躍するウザ者たち

 いかにルイードでも想定通りにすべての事が運ぶわけではない。


「え、無理です」


【青の一角獣】血盟クランが所持している血盟館クランハウス。その豪華でバカでかい建物の奥にある血盟主専用の部屋で、【救国の勇者】と呼ばれる戦士のアヤカは言った。


「えー、いいじゃねぇか。稀人勇者の一匹や二匹」


 気絶したアモスを小脇に抱えたままのルイードが言うと、アヤカは目頭を押さえて溜息をついた。


「あのですね師匠。あなたに再修行されられたせいで、とんでもなく仕事が溜まっちゃってるんですよ?」

「そんなもん、下の奴らに任せりゃいいだろうが。リーダーってのは部下を信用して仕事を与えるもんなんだぜ?」


 かつて世界を見守る天使たちのリーダーだった男の言葉は重い。だがここにミカエルなどの天使がいたら「全員堕天させてしまったお前がリーダーを騙るな」と怒られていただろう。


「師匠~、私にしかできない仕事もたくさんあるんですよ? 部下から上がってくる承認申請、血盟の維持に関わる管理業務、王国どころかよその国からも舞い込んでくる指名依頼の処理、部下たちの育成計画と受託した依頼の冒険計画の確認……」

「あー、もうわかったわかった! 他のやつに頼むわ」

「だーかーらー、って言ったんですよ。大体ですね、第八次元まで行って十億年相当の時間を掛けて修行とかするからですよ! 戻ってきたらこっちの次元では三ヶ月も過ぎてたじゃないですか! おかげで仕事てんこ盛りで泣きそうなんですけど!!」

「お、おう……」


 アヤカが涙目で訴えてきたのでルイードは少し引いている。


「とにかく、その脇に抱えてる人は師匠が再教育してください! それと! 変な次元に連れて行ったりしないでくださいよ! マクー空間とか最悪でしたからね!」

「お、おう……」

「いくら勇者でも鎧を蒸着とかできませんから!」

「お、おう、けど赤射くらいは……」

「できませんー! 焼結も電着も結晶も無理でーす!」


 けんもほろろに追い返されたルイードは、訓練場からここまでずっと気絶したままのアモスを小脇に抱えて「どーすっかなぁ」と途方に暮れた。


「ちょっと!!」


 そんなルイードの前に熊人種ベアルドのメイド、チルベアが現れた。


「めちゃくちゃ探しましたよ! あなた誘拐犯ですか!?」

「……」

「坊っちゃんを放しなさい! さもないと私のベアーナックルが火を吹きますよ!」

「火が出るのか」

「き、気合いで出します!」

「ほう」


 アモスには気合いが足りていないと思っていたルイードは、少し悪い顔をした。


「ところで、こいつとオメェは冒険者登録できたんだよなぁ? 当然職業訓練は受けたんだろうな」

「そ、それは、その、早く冒険者の実績を作るために、その、伯爵の家名で免除してもらって……。だから、えと、等級なしの無等級からスタートで……」

「ははぁ~ん。どーりでこのガキンチョの職業ジョブが見えねぇはずだぜ」

「え?」


 職業がとはどういう意味か。それが分からずチルベアは首を傾げた。


「なんのために職業訓練があると思ってんだ。あれは冒険者として生き残るために必要だからあるんだ。自分がどういう職業ジョブの適正を持っているのかを知っとかねぇと、全然自分に合ってない依頼を受けたりして効率が悪いからだ」

「む、むむ……」

「貴族だろうがなんだろうが、冒険者になるんだったらズルしねぇでちゃんとやれ」

「は、はい、ごめんなさい」


 チルベアは謝りながら「え、チンピラなのに実は良い人?」とルイードに対する印象が変わっていた。


「とは言え、もう冒険者になっちまったのにここから職業訓練を受けるってのもアレだから、俺様が面倒を見てやる。ありがたく思えよ」

「え、けど職業訓練できるのはクラスマスターじゃないと……」

「問題ねぇよ。俺様は熟練冒険者のルイード様だからな!」


 クラスマスターの資格を持つ【救国の勇者たち】が師匠と崇めるルイードは、クラスマスターを超えた「アークマスター」である。もちろんそれは伏せられた事実であり、知るのは一部のギルド受付と「見守る者たちの会」くらいだ。


 アモスとチルベアはとんでもない人物から手解きを受ける幸運に見舞われたとも言えるが、果たしてそれに耐えられるのかどうかは別問題だ。


 血盟館クランハウス前でルイードがガハハと笑うところを、窓越しにこっそり見ている【救国の勇者】アヤカは溜息を漏らした。


「アバン君とかジャック君とかは私達が教育したからまだマシだけど、師匠が直接指導すると絶対化け物になるのよねぇ。私達みたいな」


 あまりにも強大な力を持ちすぎて人間であることを諦めたアヤカの独り言は重かった。


「けど、そんな私達でも魔王のクソ変態野郎には指一本触れられなかった……。だけど、師匠に再教育してもらったから今度こそは!」




 ■■■■■




 そのクソ変態野郎の魔王は、グラ男爵家のテラスで優雅に紅茶を飲んでいた。


 隣に座るのはロウラ・グラ男爵子息。エチル・キャリング王女を婚約者のアモスから寝取った勇気ある愚か者である。


「アラハ・ウィ様のおかげで俺は順調に高みに登っています。感謝しかありません」

「いえいえ、どういたしまして」


 アラハ・ウィの目元を隠す仮面の下半分───露出している口元は、片方を吊り上げるように笑みを浮かべていた。


「頂いた【魅了の函】で俺はここまで来れたのです。あなたは俺にとって神様みたいな存在ですよ」


 ロウラは首元のネックレスを指差した。その先端には四角い小さな装飾品がぶら下がっている。


「まぁ昔からのは得意でしてねぇ、えぇ」


 仮面の魔法使いアラハ・ウィ。その正体は堕天した大天使にして魔王アザゼルである。


 そもそもは大天使ウザエルと共に「見張りの天使たちエグレーゴロイ」のリーダー格を務める高位の天使だったが、人間の女性に懸想し情事に及んだばかりか、神から禁じられていたのに人間に英知を授けて堕天した存在だ。


 彼が人間にもたらしたのは武具や装飾品、さらに女性に男を欺く為の化粧法だと言われている。その結果、人の世界エデンでは男が武器で争うことを覚え、女は化粧で男に媚を売ることを覚えて不敬虔や姦淫など様々な悪行がはびこることになった。


 サマトリア教会が伝える聖書でアザゼルは「神に敵対する者」として描かれ、「地上に悪をもたらした堕天使」「エデンを汚す者」「変態仮面」などと散々罵られている。


 だが、そんなことは知らないロウラ・グラ男爵子息は、満面の笑みで接客している。


「下町のスラムで死にかけていた俺をここまでにしてくださった恩は決して忘れません」

「お役に立てて光栄ですとも、えぇ」

「ところでその紅茶、いかがですか?」

「えぇ、大変美味しいですよ。この舌先にピリッとくるものが独特で……」

「それは猛毒ですよ」

「おや」


 アラハ・ウィの唇からついと血の線がこぼれ落ちる。


「俺の出自や【魅了の函】のことが誰かに知られると困るんだ。まさか男爵家の連中を魅了して養子になったとか、バカな姫様を虜にして股を開かせたとか知られたらヤベーじゃん? あんたさえいなければ誰にも知ることなく俺はこの国の王になれるし、毎日安心して寝られるってわけさ。悪ぃな」

「なるほど。ですがに効きますかねぇ」

「は?」

「くはっ(棒)」


 アラハ・ウィは吐血してテーブルに突っ伏した。


「あの男?」


 ロウラは目をしかめた。


「まさかとは思うがアモスのことか? ……蹴落としたやつに足元を救われたらたまったもんじゃねぇ。念のために消しておくか」


 ロウラが軽く手を叩くと、屋敷の奥から恰幅の良い男が現れた。


「仕事をお願いしますよ、【影踏みのニギヴ】さん 」


 かつてルイードと馬車を共にし、戦う前から匙を投げた殺し屋の男は、名前を呼ばれてにっこり微笑んだ。

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