第53話 ウザい拷問の時間だよ

 不自然にスピードが落ちた馬車が気になったランザは、幌の後ろを薄く開けて外を見た。


「!?」


 森の茂みからルイードみたいな格好をした男たちがぞろぞろと姿を見せる。


 どれもこれも女を見れば襲いかかり、男を見れば身ぐるみ剥ぎそうな下品で粗暴な顔つきをしている───野盗に違いない。


 ゆっくり停止した馬車を取り囲むように、一人また一人と現れる流浪者るろうしゃたちは、全員が物騒な武具を装備しているし、この界隈では誰もがよく知る悪党「黒蝙蝠団」の入れ墨をしている。野盗の中でも一番物騒な連中だ。


「くそ御者が! 俺たちをわざと森の方に連れてきたんだな!!」


 ランザはいつもの癖で長剣を抜こうと背中に手を回したが、剣も鎧もルイードに壊されたので今はなんの武具もない。


「へっへっへっ、旦那、約束の礼は頼みますぜ」


 外から御者の声がする。ランザの想定通り、御者は「黒蝙蝠団」とつながっていたらしい。


「これは困った」


 商人の男が温和そうな顔を厳し目にしかめた。


「そちらの御方は冒険者ですよね? どうにかできませんか」


 そちらの御方───ルイードは凝った首の骨をパキポキ鳴らしながら口元に悪そうな笑みを浮かべた。


「悪りぃが俺は冒険者だ。依頼はギルドを通してくれねぇか」

「はぁ!? こんな時に何を……あなたも危ないんですよ!」


 商人が少し声を荒げた時、幌が乱暴に開かれた。


「降りろ」


 野盗が剣を突き出して命令してきたので、乗客たちは大人しく従った。何故かルイードも抵抗する様子がない。


『こいつ、俺をあれだけボコボコにできる実力があるのにどうしてなにもしないんだ?』


 憮然としながらランザも馬車から出ると、そこには意外な人物が待ち構えていた。


「セーミ兄!?」


 野盗たちに守られるようにして立っているのは、きらびやかな服を着込んで、鼻の穴が見えるくらいふんぞり返った貴族だった。


 ランザが兄と言うくらいなので、どことなく似ているところもあるが、貴族の白化粧をしているせいでよくわからない。


「やれやれ。こんな野蛮な所にこの私が赴くことになろうとは。だが


 絹のハンカチを口元に当てて嫌そうな表情を浮かべた貴族は、ランザを一瞥して吐き捨てるように言葉を続けた。


「久しぶりだな不肖の弟ランザ」

「ど、どうしてセーミ兄がこんな所に!? しかも野盗と一緒に!? こいつら黒蝙蝠団は畜生働きもする最悪の野盗なんだぞ!?」

「あーうるさいうるさい。お前を殺すために決まっているだろうが」

「……は?」

「やれやれ、この放蕩息子は父君が先週亡くなられたことも知らんようだな」

「……!?」


 ランザはその一言に愕然となり、思考が停止した。


「本来なら家督は長男のアジーン兄が襲爵するのだが、父君が余計な遺言を残したんだよ。家督を貴様に譲るとな!」


 頭を殴られたような衝撃を受けて、ランザは膝から崩れ落ちた。


「ど、どうして八男の俺なんかに家督を……」

「知らん! 父君が狂ったとしか思えん。だが貴様のような不肖の末っ子が家督を継ぐなど言語道断! だから我々兄弟で貴様を殺し、それを成し遂げた者が家督を継ぐという協定が結ばれた」

「なっ……なんだって!?」

「人知れず野盗に屠られて死ぬがよい! さあ!」


 セーミが合図しても野盗たちは動かない。


「ど、どうした」

「旦那。確認なんだが、俺たちはそこの連中を皆殺しにしていくら貰えるって?」


 野盗の中でも一番体格がしっかりしていて装備品も上等な男が尋ねる。


白金貨100万ジア一枚だ。今更文句か!?」

「それを百枚もらっても願い下げだ」

「……はぁぁぁ!?」

「聴いてねぇよ……。俺たちは降りる。冗談じゃねぇや」


 男が手を振ると野盗「黒蝙蝠団」は無言で去っていく。


「おい頭領!? どういうことだ! 前金か!? 前金が欲しいのか!?」

「いらねぇよ。俺たちだって命は惜しい!」


 頭領と呼ばれた男は、血の気が引いた顔に滝のような汗を流している。


「おい、俺達は無関係だからな! 何もしないから何もするな!」


 その言葉を捨て置いて頭領を含む「黒蝙蝠団」は小走りで去って行った。


「ち、ちょ、俺も!」


 御者も頭領について逃げていく。


「……」


 森の中に残された馬車の客たちとランザの兄であるセーミ。


 しばしの無言が続いたが、襲撃側であるセーミは現実が受け入れられないようだった。


「ど、どうしてこうなった」


 今回のランザ抹殺は野盗に頼り切っていたので、自分自身は武器の一つも身に着けていない。むしろ武芸では弟に劣るセーミは武器を持っていたとしても勝ち目はないだろう。


「なぁおめぇの兄貴はバカなのか? 野盗に頼って事を成しても、その後にゆすりたかりされ続けるだけだろうに」


 ルイードは呆れている。


「なんだか知らねぇが、襲われたお返しはやっとかねぇといけねぇなぁ」

「……セーミ兄は七男で、兄弟の中で唯一俺と母親が同じなんだ。まさか殺したりしないよな?」

「ああん? 俺たちはてめぇらの家督争いに巻き込まれて殺されそうになったんだぞ? やられそうなら先にやる……倍返しだっ」

「何も返してない! それは先取攻撃してるだけだ!」


 ランザは兄を守るように前に立つ。


「頼む。こんなのでも俺の兄なんだ。何もなかったんだから見逃してやってくれないか」

「甘いこったなぁ。だが、悪くない」


 ルイードはランザに呆れながらしおしおの葉巻をくわえ、指を弾いて火を点けた。


 その仕草にギョっとする馬車の客たちを尻目に悪そうな笑みを浮かべ、何処からともなく縄と小さな壺を取り出す。


「殺しゃしねぇが、罰は受けてもらわねぇとなぁ、オニイチャン」

「ひぃぃぃ!」


 セーミは腰砕けになってその場に倒れ込んだが、ルイードは容赦しなかった。

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