第54話 ウザシマくんの刑

「んー! んーーー!」


 裸に剥かれて全身に謎の蜜を塗られたセーミは、森の巨木に縄で縛られた上に喋れないように猿ぐつわも噛ませられた。


 まるで木を抱きしめるように掴まっているセーミは、油断して力を抜くと落ちるくらいの高さに縛られている。しかも蜜で体がぬめり、少しでも気を抜くと落ちる。


 その落下地点に茨をたっぷり敷き詰めたルイードは、ひと仕事終えて爽快そうだ。


「いやぁ、いい仕事したぜ。よしよしセミっぽくていいねぇ、悪くない。セーミだからセミ。くっくっくっ……」


 誰一人笑えない拷問を仕掛けたルイードは、心配そうにしているランザに向き合った。


「なんだよ、殺さないだけマシだろ?」

「なんてえげつない拷問を思いつくんだこいつは……」

「ああん? これはてめぇら稀人から教えてもらったやつだが、なにか?」

「まさかこれってウシジ……いや、こんなんだったっけ?」

「まぁ、心配すんな。この森にゃ魔物もいなけりゃ大したケモノもいねぇ。それにあの蜜は虫よけのハーブ効果があるやつだから害虫に体を食われることもねぇ。だろ」

、な。てか、どうして虫除けの蜜なんて携帯してんだ? まるで誰かを拷問する前提で………ハッ!? もしかして俺を再教育するために!」

「おめぇ、随分再教育にこだわるじゃねぇか」


 ルイードが訝しげに見るとランザは耳を赤くする。


「……まぁいい。とにかく、おめぇはこいつに命を狙われた。その報復で縛り上げた。話は以上だ。ここは森の中とは言え誰かが通って出来た道だし、三日もあれば助けてもらえるだろうよ」

「……この程度で済むのなら、これも仕方ないか」

「んー! んーーーーー!!」


 なにか懇願するようにセーミが唸るが、全裸で木に縛り付けられたその哀れな姿は直視できたものではない。


 そっと目を伏せるランザは、自分が兄弟から殺されようとしている現実に落ち込んでいる。


『こうならないように流れ者になり、あちこちで悪名を垂れ流してきたというのに。父君……あなたはなんてことを』


 ランザは思い返す。オオシロ・ナオキだった頃の両親ではなく、ランザ・スペイシーの両親のことを。


 父は厳格な貴族で、礼儀やしきたりを重視した。元の世界で言えば児童相談所案件とも思えるような過酷なシゴキもあったが、剣術指南役や学者を招いて文武を学ばせる金の使いようは、さすが貴族の親と言えた。


 そんな父は三男まで生んだ最初の妻を亡くし、次の妻との間に四男から六男まで生まれたのに離縁。そしてランザとセーミを産んだ母親と共に三回目の結婚生活を過ごしていた。


『あの父君が死ぬなんてな……』


 殺しても死なないような性豪で、いつも凛とした侯爵貴族。それが父親への印象だった。


「おい聞こえてんのかランザ。てめぇの命を狙ってる兄弟はあと何人だって聞いてんだよ」


 ルードがずいっと目の前に顔を突き合わせてきたので、ランザの胸がトゥンクと鳴る。


『なんで! 俺は! 男に! しかもこんな小汚いおっさんに! 胸をときめかしてんだよ!!』


 我に返ったランザは、ぶっきらぼうに「セーミ兄を抜けば六人だ!」と言い捨てた。


「ふーん。そりゃ侯爵貴族の家督を継げるってんなら兄弟全部が命を狙ってきても仕方ねぇだろうけど、多いな。みんなもそう思うだろ?」


 ルイードは乗り合わせた馬車の客たちに問うが、みんな顔をこわばらせるだけだった。


「さぁて。御者までいなくなっちまったし、交代でやるとするか。まずは商人の旦那からだ」

「わ、わたしですか……」

「荷運びで慣れてるだろ」

「まぁ……はい」


 渋々了解した商人が手綱を握り、他の者は幌の中に入る。


 馬車が動き出すとセーミの「うー!」という唸り声が遠くなっていく。


 その悲痛な声を忘れるためにランザはルイードに問いかけた。


「聞きたいことがある」

「あ?」

「どうして黒蝙蝠団はなにもせずに行っちまったんだ。もしかして、いや、もしかしなくても、あんたを恐れたってことか?」

「はぁ? 俺は確かにチンピラ冒険者だが、野盗なんぞに知り合いはいねぇ。むしろ野盗は冒険者の討伐対象だぜ?」

「あんたなら野盗ともつながってそうだが……」

「おいおい。俺様は闇ルートを持たないクリーンな冒険者なんだから、余計な噂立てるんじゃねぇよ。なぁ、みんな?」


 わざとらしくルイードに問われた親子と女三人は、何度目かの表情硬直を見せる。


「……とにかく、俺は兄弟から命を狙われている。一緒にいるとあんたも、この馬車のみんなも巻き添えになる。だから───」

「だから馬車を降りて一人でどっかに行こうってかぁ? そんなことさせるかボケェ! なにがなんでも子分の慰謝料を回収してやるっつーの」

「俺が家督を継げるならいくらでも払ってやるが、間違いなく俺は殺される。諦めろ」


 しかしそう言われたルイードは「嫌だね」と拒否する。


「なんせ王妃様から勅命もらっちゃってるしなぁー」


 懐から封筒を取り出し、馬車の全員に見えるように王家の蝋印が付いている側を振り、中から一枚の紙を取り出す。


 紙は精製に時間がかかるし、これほど白い紙は高級品なので一般人が手にできるものではない。蝋印がなくても王侯貴族のものだとわかるだろう。


「ほれ、見てみろ」


【ランザの件はすべて冒険者ルイードに一任せよ】


 明瞭な一文が書かれた紙の最後は、王妃のサインで締めくくられており、これも馬車の全員に見せる。


「それは衛兵のところでも見たが……なんで他人にまで見せる? 王妃直筆の手紙を持っていることを自慢したいのか?」

「おめぇはこの一枚だけだと思ってるかも知れねぇが……」


 ルイードは封筒の中から更に便箋を引っ張り出した。


「まぁ、事細かくいろいろと書いてあるわけだが、簡単に言うとおめぇの親が亡くなって家督争いが起きているから、を要請する、ってよ」

「なっ……どうして王妃がそんなことを知って……てか、お前が稀人を保護!? どういうことだ!?」

「まぁ、俺が保護してるうちは安心しな。誰もおめぇを殺せねぇ」


 ルイードはランザではなく馬車の客たちを見ながら言う。


「わざわざこの手紙を見せびらかしてる理由、わかるよなぁ? 俺は王国の命令で動いてる。下手打つと大変なことになるぜぇ、殺し屋さんよぉ」

「ち、ちょっと待て。こいつらの中に殺し屋がいるっていうのか!?」

「こいつらの中に、じゃねぇ。全員てめぇの兄弟が送り込んだ殺し屋だボケェ」

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