第40話 ウザいやつにはハリケーンミキサー

「はぁ。アイドル冒険者ですか」


 老修道女は胡散臭げにルイードを見た。


 隣の部屋ではシルビスが子どもたちをあやしているのだが、胸をボールのように叩かれてキレ上がっているようだ。が、そちらの声は聞こえないようにしつつルイードは話を続けた。


「この孤児院は経営難だろう? ここの出身者だと思うがギルドで会った若い冒険者がそんな感じのことを言ってたからな」

「あら、それはジャックですね」


 老修道女が言うには、そのジャックという若者は口減らしのために自らここを出て行き冒険者になったらしい。しかしまだ駆け出しの五等級だというのに、危険で報酬の良い仕事ばかりを請けるので気が気じゃないようだ。


「シスター。こちらのルイード様はジャックに大金貨一枚10万シアものお布施を渡されておられました」


 ドゥルガーが補足すると老修道女は驚いた顔をした。


「そのような施しをしていただくような善人にわたくしは何という罰当たりなことを。神よお許しください……」

「神より先に俺に謝れよ。まぁ、それはいいとして。とにかくこの孤児院の経営難を救いたいってわけだ」

「それは夢のようなお話ですが、わたくしはアイドルというものがよくわかりませんし、ましてや冒険者だなんて危険な仕事に子どもたちを就かせるのはちょっと……」


 老修道女が心配するのも当然だ。


 アイドルというものが存在しなかったこの世界では、それに親しいものが吟遊詩人や踊り子であり、それらは「底辺職」だという認識が強いのだ。


 吟遊詩人や踊り子の大半は酒場で歌い、踊り、その褒美として僅かな小銭を乞食のような生業だという認識が強い。それが女ともなれば、扇情的な格好をして寝床を共にして体を売ることも仕事の一つに入っている場合もあるのだ。


 更に言えば冒険者という職も「底辺職」と見られる。それは冒険者が「他のどんな仕事にも就けないから人の嫌がる仕事しか出来ない社会不適合者」だと認識されるからだ。


 だから古い人間からすると、その二つの職業が合わさった「アイドル冒険者」は最底辺の仕事だと思うのも致し方ない。


「バアさんはアイドル冒険者がどんだけ輝いていて、みんなに希望を与え、みんなから愛される存在なのか知らねぇんだな」

「確かに存じ上げませんが、それよりわたくしは、貴方がどうしてこの孤児院に施しを与えようとしているのか、その腹が見えません」

「俺様は弱っちいやつらの味方なんだよ」


 ルイードはボサボサの前髪をかきあげながらニヤリと笑った。当人は「チンピラ冒険者がなにか悪巧みしていそうな顔」を演じたつもりだろう。


 しかしルイードの顔を見た老修道女は、そのしわがれた顔に突如として色艶が増していき自分が女であることを自覚してしまった。さらに理由はわからないが、謎の安心感が増してルイードの信用度が爆上がりしていく。


「素晴らしい御方……」


 老婆ですら虜にしてしまうルイードの「わざとではない顔面攻撃」を横目に、ドゥルガーは白目を剥きそうになっている。


「まぁ、大船に乗ったつもりでいてくれ! 悪いようにはしないぜ!」




 ■■■■■




 帝都の中心街にある「オータム劇場」は連日アイドル冒険者のファンたちで賑わっている。男のファンも女のファンも、それぞれ自分が推しているアイドル冒険者のステージを待っているのだ。


 この劇場では朝から夜中まで様々なアイドル冒険者たちがステージに上り、踊り、歌い、冒険譚を話す。それを目当てに集まるファンたちはそこそこ高価な鑑賞チケットを買うのだが、それの売上だけでオータム男爵がのし上がったわけではない。


 会場では様々なアイドル冒険者グッズが販売されているが、そのグッズの売上は「アイドル冒険者ランク」という独自のランキングに反映される仕組みになっている。


 自分が推すアイドル冒険者を上位ランクランカーにするためにはグッズを買って買って買いまくるしかないし、アイドル冒険者自身もランカーになるためにはファンに嫌でも愛想よくしてグッズを買ってもらうしかない。


 なんせランカーになると確実に認知度が跳ね上がりグッズが売れて、もっとランクが上がる。その領域に入れば勝ち組になれるのだから、アイドル冒険者たちは「なにはともあれランカー」を合言葉に日々頑張っているのだ。


「お前何枚?」

「俺はまだ二十枚だ」

「マジか。俺は百枚行ったぜ」

「買いすぎだろwwww」

「キャー! また握手券でたわ!」

「ちょっとあんた出すぎじゃない!?」


 オータム劇場の前にたむろしているファンたちは嬉しそうにそんな報告をし合っている。


 実はファンの方にもグッズを買うメリットがちゃんと用意されている。


 グッズの中には「握手券」というのが入っており、運良く握手券を引き当てると一枚につき一分だけアイドル冒険者と握手しながら直接話ができるのだ。


 このというのが曲者で、手に入る確率は一パーセント以下である。だから熱狂的なファンは必死にグッズを買い求める。中には狂信者とも言うべきファンがいて、自分の店の金に手を付けて商売を傾けたり、家族を養う生活費までここに注ぎ込んで家族を路頭に迷わせたりもしているくらいだ。


 そんな中毒性の高いアイドル冒険者の底なし沼に片足突っ込んでいる若者がいた。


「やった! 握手券だ!」


 孤児院上がりの新人冒険者ジャックは、よくわからない小汚いおっさんから渡された大金貨一枚10万シアを、自分の推しアイドル冒険者グッズに替えていた。


 買い漁ったのは推しの名前が入った安物の扇子や、推しが使用しているという触れ込みの香水、そして推しの肖像画が描かれた小さな羊皮紙だ。特に羊皮紙は安価なので「握手券」が封入されているとコストパフォーマンスがいいということで人気が高く、なかなか手に入らない代物である。


「よーし、次の握手会で三分は話せる!」


 ジャックは握手券三枚を大事そうに胸元に入れた。最近はこの券を巡って強盗・強奪・殺傷事件も起きているので注意が必要だ。


「俺の大金貨一枚10万シアなんて、あの子をランカーにするためには鼻くそくらいの価値しかないけど、頑張って稼いでもっとグッズを買ってあげないと───グフッ!!」


 脇腹にシルビスの角がザクっとめり込んでジャックは苦悶しながらぶっ倒れた。


「てめこらこのガキャああああ! ルイードさんが孤児院のためにって渡した金をドブに捨てやがってぇぇぇぇ!!」

「痛ぇ!! お、お前は金くれたおっさんのトコにいた女か!? 俺がもらった金をどう使おうと勝手だろうが!」

「あんた、シスターが泣くよ!」

「う、うるせぇな! てかなんでお前がシスターのことを───って、なんだあれ」


 ジャックのみならず、オータム劇場の前に集まっているアイドル冒険者ファンたちは、それの登場に度肝を抜かれて呆然としている。


 オータム劇場前の道路に現れたのは、何十頭もの大きな馬が引く見たこともないような巨大な馬車だった。

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