この夏、異世界依存症に要注意!

ちびまるフォイ

ここは異世界じゃないってこと、ぜったい忘れるな!

「先生、やっぱり私は病気なんでしょうか」


「はい。間違いありません。あなたは異世界依存症です」


「……ん?」


「異世界に行きたい?」

「はい」


「いつも頭の中で異世界に行った後のことを考えている?」

「はい」


「読むものはいつも異世界系の作品?」

「そうですね」


「どちらかといえばパンよりごはん派?」

「はい」



「異世界依存症に間違いないです!! すぐに治療が必要です!!!」



「ちょ、ちょっとまってくださいよ。

 異世界ものは好きですけど依存症だなんてそんな……」


「では異世界を断ってみてください」


「ようは自分の意志の問題じゃないですか。

 そんなの簡単に……あれ?」


「ほら! 無意識のうちに異世界を手にしている!!

 それが依存症であるなによりの証拠ですよ!」


「ちがっ……これは、あれですよ。

 つい習慣的に空き時間ができると条件反射で

 異世界の作品を読んでしまうんですよ」


「治療しましょう」


「治療だなんてそんなおおげさな……。

 別にこのままでも問題はないでしょう?」


「本当にそう思うならこれを見てください」


「こ、これは……!?」


「異世界依存症を放置した人間の成れの果てです」


「え、液体化している……!」


「そう。異世界に憧れるあまり現実世界での自分と意識が離れすぎると、人間はやがて液体になってしまうのです」


「知らなかった……」


「こうなっては人間で得られる幸福のすべては失われ、

 ただ生きながらえているだけの水たまりと同じです」


「わ、わかりました。治療します……!

 具体的になにをすればいいんですか?」


「ここが現実世界で、あなたがいるべき世界もここであることを

 強く、強く意識するのです。あなたは異世界を強く意識しすぎている」


「はいっ」


「ここは現実世界だーー! はいご一緒に!!」



「「 ここは現実世界だーー!! 」」



「続いて下さい。異世界なんてのはフィクションだーー!!」



「「 フィクションだーー!!! 」」



「次にコール&レスポンスで治療します。

 私のあとに2拍おいてから復唱してください」


「はい」



「おにいさん!(おにいさん)」


「おねえさん!(おねえさん)」


「「 異世界卒業おめでとうございます!! 」」




「はぁ……はぁ……どうですか? 治りましたか?」


「うーーん。これは……思ったより根深そうですね」


「根深い? 治療はうまくいかなかったんですか?」


「異世界への執着が全身に転移しているんです。

 頭から異世界を抜き去っても別の部分で異世界を求めてしまう」


「このまま放置したらどうなるんですか」

「最悪の場合、死に至ります」


「……」


「あ今、"むしろ死んで異世界に行けてラッキー♪"とか思いましたね。

 そういう風に考えてしまうところが危険なんです。

 死=異世界への旅立ちに思えてしまうところが危険なんです」


「た、たしかに……一瞬ちょっとうれしくなりました」


「これから私が異世界依存症プログラムを行います。

 あなたにとって、現実を直視するつらい時間になりますがそれでもいいですか?」


「もちろんです。いつまでも空想の世界に逃げ込んではいられません」


それからの日々は筆舌に尽くしがたいほどの険しい道のりだった。


頭のどこかで今いる現実世界が仮の場所で、

いつか異世界に行ってブイブイいわせると思っている幻想を根っこからぶち壊す必要があった。


医者は毎日欠かさず「ここは異世界じゃない」と通知を送り、

バイト先にやってきては「異世界なんてない!」と念押しして去っていった。


そうして強くここが異世界でないことを意識するようになると、

現実世界での自分の居場所を考えるようになった。


自分を無条件で受け入れてくれる都合のいい異世界を空想するより、

現実世界で自分を認めさせるように働きかけはじめた。


これまで居心地の悪く、文句の耐えなかった現実世界も

今ではそう悪いもんじゃないなと思えるようになっていった。


しだいに現実世界との共通点が少ない異世界からは距離を置くようになり、

もう異世界を意識しなくなったころに病院から手紙が届いた。


「定期検診のお知らせ……か。

 ああ、そういえば異世界依存症だったんだっけ」


いつの間にか子供が戦隊ヒーローへのあこがれを卒業するように

かつてあれだけ熱を上げていた異世界の存在を定期検診の手紙でやっと思い出された。


「それじゃ診察をお願いします」

「はい。では上を脱いでください」


聴診器を当てた医者はうんうんいいながら診察を進める。


「はい、もう服を着ていいですよ。

 もうどこにも体に異世界は残っていませんね。大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。お医者さんがここが異世界じゃないと、何度も念押しされたことで現実世界を直視出来ました」


「それはよかった。異世界依存症は異世界を強く意識することで発症しますからね」


「あの、ところで……最初に私を診察したお医者さんは?

 定期検診だから同じお医者さんかと思っていました」


「医者も人間ですから」

「……?」


診断を終えて、病院の診察室を出ると次の人が呼ばれた。


「では、次の異世界依存症でお悩みの山田様~~」


待合室にいたかつての医者が立ち上がった。

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