第40話 第五章 生田、女子会の夜

 丸見えの舞台外からは高らかな歓声が上げられている中、暫く稚日女尊と素戔男尊と天鈿女でこれからの物語の進ませ方の入念な会議が行われていた。

 次の場面はというと、素戔男尊が八岐大蛇を酒で酔わせ、八本ある内の一本を切ってしまうという描写なのであるが、先程もう一本切ると素戔男尊に脅されて少し怯えていた八岐大蛇。

 各地、様々な所でこの伝説を講演していたものの、まさか本人と伝説をなぞる羽目になるなんて、遂一月程前まで夢にも思っていなかった。

 御三方の会議がどうやら終えたようで、各それぞれに散っていく中、八岐大蛇の方へと素戔男尊が歩み寄ってきた。そして、何食わぬ表情を浮かべ八岐大蛇の肩付近(?)を、ぽんぽんと手で叩いた。

「おい、八岐大蛇。この生田祭りの成功に手を貸せ。」

「はっ…?いや、素戔男尊様。成功させる為に私はここにおる訳でございますよ?私に聞ける範囲であれば何なりと…。」

「そうか…。ならば八岐大蛇よ…。」

 素戔男尊は何故か表情を暗くさせながら言葉を止めた。

 辺りは神官が騒がしく行きかい、群集からのざわめきが絶えない中で、八岐大蛇に激しい不安が降り積もるばかりであった。

やはり…、まさかっ!?否、そんな筈はない…、しかしっ!?

 あれからどれだけの刻が流れたか分からない程の歳月が流れた今でも、断ち切られた傷跡が疼く。不安が更にこの傷跡を刺激した…。

「おい、お前の首もう一本、この劇を成功させる為に捧げよっ!!なーに、何も恐れる事はない。俺の十束の剣の切れ味は知っての通り抜群だっ!例え切られても、切られた感覚がないように切ってやるから安心しろっ!!」

 やはりそのような話になってくるのかと八岐大蛇の全体は暗澹に暮れなずんでしまった。

 例え切られてもと言われても切られるのは決定しているし、切られている感覚がないから安心しろと言われても、今は七本の首が六本になるという事は決定事項なのである。

 八岐大蛇から言うと、八本の首は兄弟そのものであり、一つ、又一つと兄弟を失っていくという描写が心苦しかった。

 確かに嘗て、八本あった刻はいけしゃあしゃあ暴れつくしていたのだが、この大神に制裁を加えられて刑務を全うした今、又もや何故我が兄弟を失わなければならない話になってくるのか、そんな感情が心底から浮き出してくるのであった。

 実はもう一つ思う事があった。

 痛いのは慣れっこ。それは昔から戦いを繰り広げていた八岐大蛇には特に問題はないのだったが、兄弟の首をどうされてしまうのかという後の話が気になって仕方がなかった。

 前回は兄弟を奪われたと共に、戦利品と民から奪った天叢雲剣さえも取り返され、戦意を無きものされて、途方に暮れながらも致し方ないと神妙に高天原刑務所へと自ら出頭した。

 しかしながら今回は違う。

 特に刑を処される事などしていないにも拘らず、天孫社の都合により、我が兄弟が奪われようと、自分の感情から全く違われながら物事が進んでいる…。

 大国主様と顔が隠れた神から、『この国を正しい形に変えよう』と誘われた刻、兄弟と美しい物を奪われ意気消沈していた自分ははっきりと断った。

 邪神は邪神なりに誇りというものがある。例え更生したと言えど、今さら綺麗事を並び立てた所で、民達が諸手上げて喜んでくれる筈もないではないか。しかも奪われた兄弟の首と天叢雲剣は返ってこない…。

 少し話はずれてしまったが、兎にも角にも素戔男尊からの提案、というより多分御三方の会議による決定事項なのだろうこの事に八岐大蛇は納得いく筈もなかった。

「八岐大蛇、そろそろ観念しろぃ。この期に及んで七本も六本も変わんねぇじゃねぇかっ!!祭り盛り上がるんだし、ここはもう一本俺に切られとけよっ!!」

 そうとだけ言うと素戔男尊はどこかへと走り去っていき、この場には神官が行きかう姿と、民の雑踏の中で俺達、八岐大蛇の愕然とした姿が取り残されていた。

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