第33話 第四章 大和の国から‘30

 一方、崇神と里は今、建御雷神が懸命に施していた結界により、降りしきる壊光線からの難を逃れていた。

 実は、攻撃が始まった時点、素戔男尊が護りきれる範囲内におらず、正しく風前の灯火のところ、機転を来した建御雷神により助けられて今に至るのである。

 結界を張る建御雷神は少し苦しい表情を浮かべながら、顎からは汗が滴り落ちていた。

 荒覇吐からの壊光線は、多分我々の想像を絶する威力なのだろうと、その信じられない情景を目の当たりしていた民二人は、呆然とそう思わざるを得なかった。

「いやあ、さっちゃん…。世も末ですな…。」

「ええ…。そうですな…。」

 見尽くしながら呑気に呟くだけの二人に、決死たる形相で建御雷神は怒り露わに叫び散らした。

「おい、崇神っ!!何を馬鹿な事を申しておるのじゃっ!!天照様へと祈りを捧げよっ!!!」

「えっ?えーっと…。祝詞唱えた方がいいっすか!?」

 建御雷神は顔色をどす黒くさせながら、苦しそうに息を荒げながら必死に叫んだ。

「そんな長いものでなくていいっ!!兎にも角にも誰でもいいから大神の名を叫び続けろっ!!!!ぐふうっっ!!!」

 呻き声は断末魔の如く、膝を割ったその場へと鮮血のような赤が激しく吐かれ広がった。

 結界は格段に小さくなり、壊光線が頭上ぎりぎりにまで迫る状況へと差し迫っている。

 紙一重で塞がれている生々しい破壊音。目の前に繰り広げられる破壊絵。漆黒の闇と二つの禍々しい光。そして建御雷神…。

 喉が引き裂かれてもいい…。崇神は徐に叫び声を上げた。

「おおおおおっ!!全ての天津神、国津神っ!!八百万神よっ!!!この大和を、そして我達を御救い奉られよおおおおおおっ!!!」

 崇神が跪かせて、両手を大きく広げて泣きながら叫び声を上げている横で、里の叫び声が上がった。

「すーさんっ!!!!やっぱ、俺、死ぬのかなっ!?まだやり残した事があるっすよ!!!」

 崇神は瞬時に立ち上がり、里を力の限り蹴り上げた。

「やかましいっっ!!!お前も共に俺と祈れっ!!」

「うふう…。崇神様、共に祈りを捧げましょう…。」

 そして二人は跪き、腹の底から神々の名を叫び続けた。

 しかしながら、その叫びはもしかすると無駄になる事必死だった。

 財団法神、天孫。加具土課(ニ課)課長補佐という役柄の中、人知れず天照大神からの密かな勅命を受ける特捜本部、部長という地位を誇る建御雷神にも暗い死の境地が刻々と迫っていた。

 荒覇吐…。このような力を持つ神がいた事が未だ信じられないものの、素戔男尊さえ跳ね除ける事のできない圧倒的な力を全身全霊で受ける事ができたこの戦いの理に対し、感謝に似た想いが建御雷神の胸に広がっていた。

 建御雷神は自らが吐いた赤い水を、光のない視線を浮かばせてぼんやりと見つめながら、今まで誰も聞いた事のない、柄にもなく弱い声音を浮かばせた。

「崇神よ、お別れじゃ。我が死する刻、何も変わらぬ…。しかしながら、崇神よっっ!御前は現社長。変わりはおらぬぞ…。我が結界が破られた後、どうなるのかは我にも分からぬ…。しかし、祈りを捧げ続けよっ!お前に変わる者は他におらぬのじゃっ!!崇神よっ!!」

 そうとだけ言い放ち、建御雷神の姿は金色の光に包まれていく。それは神が最後の力を振り絞り、その後絶命を意味するという事を崇神はこれまで幾度になく見てきたのだった。

「建御雷神…、死ぬな!まだ汝が絶命する刻ではない…。死ぬなっ、建御雷神よっ!!!!」

 崇神の言葉を聞かんともせず、暗い表情に無理やり笑顔を浮かばせて、建御雷神はそっと親指を立てて崇神へと合図を施した。


『あ、皆同時に死する刻が来たようだ、大和もこれで終わりだ…。やはり、私は…素戔男尊が表現したように馬鹿のままで終わってしまうのか…。どうしたら…、どうすれば…。』


 素戔男尊がこの場所へと降臨した刻、笑い狂っていたように見せかけながらも、実は二方の会話に耳を傾かせながら打診を図っていたのだった。

 そして更に目の当たりにしている情景へと冷静に視線を移してみると、素戔男尊の応戦は圧倒的に勝つという描写など想像できない程切迫している。寧ろ押されているくらいだと崇神は思った。

 この生き神崇神が幾ら呼び叫んでみても、どの大神も何の反応も示さない。

正しく非常事態であった。

 建御雷神が再び激しい血を吐き、その場に身体を沈めたと同時に雷色の結界は極度に薄くなった。

「建御雷神っ!!!!!!!!」

 崇神と里は叫ぶ事しかできなかった。

 もう、終わりだ…。

 今こそ絶命しようとしている建御雷神と、祝詞を唱え続ける崇神。そして、どうしていいか分からぬまま泣きわめいている里。

 忘れてはいけないのが、未だ激しい攻防を必死に(?)愉しんでいる素戔男尊。

 どちらにしても、現社長が死んでしまえば全ては終わるのである。

 荒覇吐にしてみれば、今こそ王手。異国(とつくに)の遊戯で表すのならば、所謂チェックメイトなのであった。

 崇神、里、建御雷神。

 三方が同時死を決意し、眼を瞑ったその刻であった。今まで上から降りしきっていた壊光線の結界にぶつかる鈍い音がいきなり止んだ。

 まさか建御雷神が死の境地を克服して、潜在能力を引き出した、所謂、超建御雷神へと変貌を遂げたのではないかと思い、建御雷神がいた方へ目を向けてみると、相変わらず身体は地に這いつくばり、ピクリとも動かなかった。

 ここでまた敢えての補足。神が召される刻、その場で幾千の光の粒子が拡散して消えてしまうのである。という事で、まだ身体が存在しているという事は息絶えて無いという証拠である。

 では、今自分達を護っているこれは何なのだ?

 崇神は恐る恐る上を向いてみると、淡い朱色の傘の内側のような景色が見え、三方を護る程なのでその傘はやたら大きい物なのだろうと崇神は冷静に思った。

 という事は、一体誰がこの傘を持っているのか。

 崇神は戦々恐々たる面持ちで傘が差しだされていた背後を確認した。すると…。

「ああっ!!お前っ!!今までどこへ行っていたのじゃっ!!!」

 そこにはいつの間にか姿を晦ませていた弥生の姿があった。

「おいっ!この傘どこで手に入れたのだっ!!俺にもちょっと触らせろやっ!!」

 何を思ったのか、里はこの期に及んで悪ふざけるように弥生の方へと手を差し伸べた。

 すると、弥生の瞳からいきなり朱色の光が放ち始めた。

「だまれ、下郎…。」

 弥生から放たれた声は、まるで心底の奥の奥にまで届くような深く冷たいものであった。

 そして、こちらへと向けている視線は、決して只の民とは思えない、寧ろ神々しく、気高い。それよりも、これ以上視線を合わせていたらどうかなってしまうだろうと直観してしまう程のもので、崇神と里は視線を下げると、身体は自然と何故か片膝をつかせていた。

 布都御魂の刃に映し出された弥生の姿を見た刻も思ったのだが、天孫社の中の、確実に近しい者に絶対的に似ているのだ。だがしかし、今の崇神にはやはり思い出せなかった。

 弥生はそっと右手を差し出し、まるで紙毬のような白い光の球を手の平に浮かばせると、それを傷つき、横たわっている建御雷神へとふわりと落とした。

 すると瞬時に身体全体へと光は広がっていき、建御雷神は目を開け即座に起ち上がると、不思議そうに手を握らせては広げさせていた。

「建御雷よ、大義であった…。これからも頼むぞ…。」

「えっ………?あ、はい…。」

 容姿は只の娘っ子である弥生にいきなり神懸かり的な施しを受け、しかもよろしく頼まれた訳で、建御雷神は何となく相槌を浮かべる事しかできなかったのだが、次にこの娘が仕出かし始めた事に流石の建御雷神も舌を巻く想いに苛まれた。

 弥生は持っていた傘を強引に崇神へと手渡すと、片手を広げて、まるで線を引くように左から右へ、そして下から上へとゆっくりと移動させると、朱色の正方形の光が現れた。それを弥生は両手で弾き飛ばすと、建御雷神が作り出した結界の数倍の大きさを誇る真四角な光の空間に三方はいつの間にか包まれていた。

 しかも破壊音は愚か、外の音は何一つ聞こえてこない。

 それは正しくここだけが異世界と化していると表現しても過言ではなかった。

 それを施し終え、崇神が呆然と持っていた傘を取り上げると、弥生(?)は、まるで何事もなかったかのように、結界の外へと抜け出ていった。

 空から降りしきる黄金の光線など、少し激しい雨のように思っているのだろうか…。悠然とした姿で足を進ませていたその先は素戔男尊に向いていた。

テクテクと歩いていき、素戔男尊の赤い光の中へとすっと入り込んだ。

「ま、マジですかっっっ!!!」

 いきなり建御雷神が徐に叫び声を上げた。

「建御雷神よ…、どうしたというのじゃ?」

 建御雷神は、身体は愚か、声も酷く震わせながら崇神の声に答えた。

「いや、冷静に考えよ、崇神。今、娘は何事もなく素戔男尊の結界を通り抜けたよな…?」

「うん、それがどうしたというのじゃ…?」

 建御雷神は右手で顔を覆い、まるで馬鹿にしているかのように顔を上に向けた。

「かあああああっ、それだからお前は天孫社の中で馬鹿社長呼ばわりされておるのじゃっ!!いいか、素戔男尊の結界だぞ、素戔男尊のっ!!!」

「だから、それがどういう事かとすーさんは尋ねておられるのでございますよ本部長…。」

 続いた里の言葉に建御雷神はどうしようもない想いに苛まれた。

「いや、だからだな…。ではこういう問いではどうだ?お前達が素戔男尊の結界を破り、その中へ侵入する事は可能だと思うか?」

 崇神と里はいきなり腹を抱えて大きく笑い出した。

「あーっはっはっはっはっ!建御雷神よ、そりゃ無理というものだろっ!!なんだよ、いきなり藪から棒にっ!!はっはっはっはっ!!!」

「では、あの小娘はどういう訳なのじゃ…?」

 最後の建御雷神の問いに、二人はぴたりと笑うのを止め、顔を見合した。

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