第21話 第三章 服部(はとりべ)一族の秘密
広場の中心から数え五の路に差し掛かっていた。
これまでの足を進ませた路にもちろん長の宅はなく、と言うよりも同じような形で、同じような色彩の建物が立ち並ぶだけで、景色にこれという変化はない。
「なんか、ある意味すごい村ね。まるで集落全体が固い要塞みたい…。ここの土地神には出会いたくない気がするわ…。」
「あめたんよ、何故そう思うのじゃ…?」
薄気味悪いように辺りを見渡しながら天鈿女は恐々と声を震わした。
「だってさ…。この創造からして絶対に堅物な事間違いないじゃない…。私だって、苦手な上司くらいいるわよ。何だかそんな雰囲気が漂っているのよね…。」
「そうか、あめたんもそんな感じになる刻があるのだなっ!!はははっ!」
岳に笑われた事が癪に障ったのか、只の照れ隠しなのかは分からないが、天鈿女は顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「ちょっ!!岳っ!私だって一端の女神よっ!というかOLよっ!嫌な上司だっていてもいいじゃないっ!!!」
「はははっ!そうだねっ、ははははっ!」
二方が和気藹々と路を進ませている中、相変わらず後ろ側で柄に手をやり、辺りを殺伐と見渡しながらついてきている吉備津彦。
「何よ、吉備津彦。何も起こらないのにああやって揚げ足を取るような態度がいつも鼻に突くのよね…。」
「まあまあ、あめたんよ。吉備津彦も何か考えがあってああやってお…、んっ…?」
「どうしたの?岳ぇ…。」
これまで静けさに濡れていた空間を歩いていたのだが、この路の先から大量の鳥の鳴き声が聞こえてきている事に岳は気がついた。
「何かしら…。この地の民の主食は鶏…?」
「否、鶏とは鳴き方が確実に違う…と、思う。」
「早速行ってみましょうよっ!!」
やっと違う風景が見える事を良しとしたのか、天鈿女はパタパタと路を走らせていった。
路を進ませていく度に鳥の放つ鳴き声が段々と大きなものになってくるが、進めども進めども一向に辿り着く気配がなく、先ほど立っていた場所からかなりの距離があるのだと思った。そして、この村が完全なる円形ではない事を悟り、岳は少し残念な気持ちになった。
太陽の位置づけから、多分今は午の刻である。路を進むにつれて大きくなるのは鳥の鳴き声だけではなかった。何故か空間が明るくなってくる感覚が否めないのだ。
面妖に思いながらも路を進んでいくと、その先に森を切り開いたと思われる空間の入り口が姿を現し始め、そこに天鈿女が何故か成りを潜めるように座り込んでいた。
岳と吉備津彦はその場所まで走っていき、天鈿女の姿を見下ろす形で眺めると、完全に蒼白させた面持ちで、あうあうと喘ぐような声を漏らしていた。
吉備津彦は天を仰いだ。
「天鈿女様っ!!まさかこの村の民に強姦されたというのかっっ!!あの殺伐とした視線は…天鈿女様を…。嗚呼…、儂にもっと力があれば…救えたというのに…。嗚呼、おいたわしや…天鈿女様っっつつつ…。」
そう叫びながらよよよと身体を横に振らつかせながらその場へと崩れ落ちていた。その姿に我に戻った天鈿女は、神妙な面持ちに変えて吐き捨てるように言葉を発した。
「んな訳ないじゃない、汚らわしい…。そんな事よりあれを見なさい。」
掌を指す方向へ二人は視線を向けると、多分大分苦労して森を切り開いたと思われる広大な空間に、何枚もの白い布を紡ぎ合わせた横長い建物が見えた。紡ぎ合わされた布と布の隙間から、薄く金色の光が漏れている。
「これは見過ごせない展開になったわね…。貴方達、行くわよ。」
天鈿女は口元だけでにやりと笑い、その建物の側へと足を進ませていった。何を感づいたのか分からないまま二人はその姿の後を追う。
「多分大量の金銀財宝類がここへ眠っているのよ。この大和を揺るがすほどのね…。」
どこか欲に駆られた目を浮かばせながら堂々と足を進ます天鈿女の姿に、訝しげな表情で吉備津彦は声をかけた。
「いやあ、服部なんだからぁ、普通に考えて…金鵄じゃないんすかねぇ…。」
その声に天鈿女は睨むような視線を浮かべて踵を返した。
「はあっ!?何言っちゃってくれんのさっ!?布の隙間から漏れる程の光を通常モードの金鵄が放たせれる訳ないじゃないっ!?それに、フルパワーなら眼も開けられないくらい眩い光なのよっ?アンタ見た事ないでしょっっ!!」
「いやあ…、実はぁ…。いっぱいいるとか?」
吉備津彦の打ち出した予測に対し、天鈿女はまるで嘲笑うかのように、背を逸らせながら天にも届く高らかな笑い声を上げた。
「あーっはっはっはっははははははは…。はぁあああああっ!?」
どすどすとこの女神には似合わない歩き方でこちらへと近寄ってきて、吉備津彦を上目使いで睨んだ。
「アンタっ!ばっかじゃないのっ!?ばっかじゃないのっ!?ばっかじゃないのっ!?大事な事だから三回言ったけど、もう一度言うわっ!ばっかじゃないのっ!?」
「えええええっ!?そこまで仰らずとも…。」
身体ごと後ろに引く姿に、まるで弱った小鹿にとどめをさす狼ように天鈿女の牙が吉備津彦を襲う。
「金鵄は、古より一羽と相場が決まってるのっっっ!!!アンタ、見た事もないクセに、平の分際で何知ったかかましてくれてんのよっ!ホント、ばっかじゃないのっ!?」
吉備津彦の意気消沈した影をよそに、天鈿女は建物の入り口まで力強く足を進ませて、布の端を掴みながらもう一度叫ぶように言った。
「見てなさいっ、ここにある金銀財宝をっ!二千年後のルパンもびっくりよっっっ!!!」
まるで引きちぎるかのように入り口の布を翻すと、視界を奪う程の金色の光が目の前に広がり、それは正しく慣れるまでに幾らか刻を要する程のものであった。
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