第三十七話 人形ちゃんは帰省する
私は約四か月ぶりに実家に帰ってきていた。
はっきり言って、帰省するくらいなら毎日拓斗くんと遊んでいたかった。
でも、父親にお盆くらいは顔を見せなさいと言われ、仕方なくみのりさんと実家に帰ってきた。
この家では家に中にいるときは着物で生活するという、古めかしい習慣が残ている為、自室の置きっぱなしにしていた真っ赤な着物に着替えた。
そして、やってきたのは父親の書斎。
コンコンと部屋をノックすると、「どうぞ」と返ってきたので、扉を開け部屋の中に入る。
「ただいま帰ってきました」
「おぉ、よく帰ってきたな」
久しぶりに見た父親の姿は、数か月前と全く変わらず、ガタイがよく厳つい感じの顔だった。
父親は相変わらず、私と目を合わすことなく、何か書類に書き込みながらそう返事した。
「色々話したいことはあるが…すまぬな、今は少し忙しい。皆が集まる集会で話そうか」
「わかりました」
私は、父親が相変わらず私に興味がないことを理解すると、心の奥の方がどんどん冷めていくような気がした。
私は「失礼します」と言って、書斎を出て行った。
***
私は部屋に戻ると、ベッドの上にうつ伏せで寝転がって、スマホを開けた。そして、フォルダの中にある写真を見た。
その写真は、私の思い人である拓斗くんと水族館に行った時の写真で、お揃いの色違いのぬいぐるみを抱え、私が拓斗くんの頬にキスをしている写真だ。
「…はぁ」
思わずため息が出てしまう。
自分でも勇気を振り絞った行動だった。彼の驚いた顔をこの写真に収めることが出来た。でも、もう少し勇気を振り絞れば口にもできたはずだ、なぜ口に─
そのシーンを想像して思わず赤面してしまう。
でも、拓斗くんとそんなことできたら幸せなんだろうな。
私のこの冷めた心もこの一枚の幸せな写真を見るだけで、温もりを取り戻してしまう。
私は彼のことが大好きなんだと、嬉しく思う反面、もし、この思いが届かなかったらどうしようと思ってしまう。
やっと、頬にキスをすることが出来た。
でも、そこまでだ。まだ、想いを告げることはできていない。
保険は掛けた。だから、その保険の範囲内なら、友人関係として扱うことが出来る。このキスも、この前一緒の布団で寝たのも。その現状はあまりにも心地よく、辛かった。
この前家に来た時、私の部屋で彼が手に取るように仕向けた本─
ねぇ、気が付いてる?私は全巻読んでないとあそこの本棚に本を置いてなかったんだよ?
だから、結末も知っている。内容も。
私が思いを告げるのが怖くて、知られてしまうのが怖くて、保険をかけた数冊の本。
その内容は、私が彼に求める理想そのもの。
ねぇ、私が恋バナをした時に言った発言覚えてる?
拓斗くんは無意識だろうけど、私のその願いをしっかりかなえてくれているんだよ?
初恋は実らないとよく言うけど、私はそんなことはないと思うんだ。お互いがお互いの理想であれば、その恋は実ると思う。
私の理想は、あの本の様に─
一緒に笑いあって、どこかに行って、一緒に寝て、キスして。恋人になって、結婚して─。
その先の未来まで、ずっとずっと幸せで。
「ふふ…」
そう考えると、思わず笑みがこぼれてしまう。まだ、想いすら伝えてないのに。
でも、それだけでも、幸せな気持ちが心を支配していく。
スマホをスライドすると、彼の写真が何枚も連続して流れていく。
そういえば、このスマホ拓斗くんの写真しかない。
想いの重さが表れてるような気がしたが、そんなことは一瞬で頭から抜け落ちて、彼とどんなことをしたいかで頭の中が埋め尽くされる。
海にも行きたいし、キャンプなんかもしたい、一緒にゲームもたくさんしたい、そういえば、プリクラっていうのもやってみたい。今は少し恥ずかしいけど、一緒に露天風呂に入ったりもしたいなぁ。
そうして私はその写真を見ながら、集会に呼ばれるまで、部屋の中で幸せな妄想を続けたのだった。
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