第0-1話 ご挨拶
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中学生時代も最後になりかけたその日、私は久しぶりに仕事から帰って来た父と母に
部屋の中央に大きな
お父さまもお母さまも帰ってきたばかりで、紺色の平服のままでした。
私は本日、白を基調としたスカート丈の長いワンピースとフリースジャケットを着込んでいました。
本日は本来ならば平日ですが、振替休日に当たるのでした。
そして入っていって、用意されている座布団に正座で座りました。
「
お母さまは少し正座を、崩された様でした。
「但し、アルバイト先はこちらで選ばせてもらう。高校は自分の好きなところに行くと言ったのだから、分っているね」とお父さまが続けて生真面目な顔でおっしゃいます。
「はい、お父さまお母さま、高校は自由に選ばせてもらいましたから。アルバイト先はどちらへ行けばよいのですか?」と私は背筋を伸ばしてしっかりと
「
「検非違使に私のような者が、入っても大丈夫なのでしょうか?」と私は驚いて
それはどちらかといえば実戦経験もない者が、現場に入っても大丈夫なのか? という問いでもあった訳ですが。
「
「それにこれは決定事項でもあるのだ」とも同じ口調で続けられました。
「美空、今までお前には厳しく接してきたつもりだ。
確かに今まで普通ではない、生活を送って来たような気はしていました。
皆がやらない朝修練、
次第に、その稽古にもなれた頃、さらに上を望まれましたが、身体が直ぐに覚え込んでいき
ウチには
お父さまとお母さまは普段から京都に仕事のため詰めていらしたので、主に御爺様と御婆様から稽古を付けてもらっていたのです。
そのお二人も先々代の
普段はとても優しいお二方でしたが、修行の時と普段の時のメリハリがあって激しく厳しかったのは覚えています。
この日のためという言葉が深く
今までの修業の
朝の修練から禊までが朝の学校に行く前の時間帯に全て終わらせられ、もう日々の習慣として馴染んでしまっていましたからいまさら
「朝と夜の修練は
「それは好きになさい、まだ色々足りないでしょうから、続けるのは良しとしましょう」とお母さまが優しい表情に丸い声でおっしゃいました。
少し気が楽になりました。
「それとこれを肌身離さずに、持ち歩きなさい。お前の身を守ってくれるであろう、お前が本当に必要なときにしか抜けないとは思うが……」とお父さまが低い声の落ち着いた調子に神妙な面持ちでおっしゃいました。
そうおっしゃるとお父さまは左手で
美しく青く
又
そしてそれを懐から新たに左手で抜き出した、金と虹色の細工のある鞘に
“スーッ、キィン”
という心地よい音が響きました。
「これは
そしてそれを
「その短刀は今はまだ抜けないであろうし、所持者本人以外が抜いても刃が付かないという特殊なモノなので
いったんその鞘袋の中から取り出し、じっくりと見つめました。
何か不思議な感じがしました。
誰かにやさしく包まれているような
その黄色の輝きを持つ
長さは三十センチほどの直刀と思われる刃の収まった
笄があるということは
そして見終わり確認すると
「それとここにサインをしなさい、それで正式にそれはお前の持ち物となる」といってお父さまは朗々たる声で話し、しっかりとした表情で所有者変更届けを出してきました。
残っているのは名前と電話のところ以外はすべて埋まっており、それに自らのスマートフォンの番号を記しサインをしたため、振り仮名をかきました。
「今日はまだ教育委員会は開いているだろうから、直接渡してくるとしよう。一緒に付いてきなさい」と後ろを向きながら黒の防寒防水のバルマカーンコートを着て低い声でいいました。
そして車を出す準備を始めたのでした……。
私も外出着を
そのリュックを右肩にかけると車庫に向かったのでした。
そして車庫から出て来た、お父さまの運転する黒いステーションワゴンの助手席に車の左側から乗ってシートベルトをしたのでした。
その際にミリタリーリュックは膝の上に固定しておき、両手でしっかりと抱えました。
……
無事届け出も
「検非違使の神戸分署八課で更に登録が
そして
「ここがお前の勤め先になる場所だ」と有無をいわさぬ語調でいうと五階程のビルに車を乗り付け正面の来客用と思われる駐車場に車を止めました。
そして「先に降りていなさい」と優しい表情の静かな口調でおっしゃいました。
私は車の左側に何もとまって無いことを確認すると、静かに車の左側ドアを開き先に降りてミリタリーリュックのサイドハンドルを右手で持ち、左手で車のドアを静かに少し強めの力で閉めました。
“ドスン”と上質な音が響きました。
するとお父さまはいつも通りの作法で、ハンドルを左に切り込まれ車から降りてフルロックをしたあと防犯装置を作動させたのでした。
そして、「付いてきなさい、先方様に
私はお父さまのあとを、ミリタリーリュックを右手でサイドハンドルを保持したまま付いて行きます。
警備員詰め所でお父さまが課長に会いに来たむねと近衛中将を拝命していることも伝えると、その場にいた警備員全員が直立不動でお父さまに敬礼するような場面もありました。
また外側は近未来的な北向きのエントランスでしたが、中に入ると内装はブルックリンインテリア調で天井が黒く壁は単色の赤
私の靴は少し特殊なゴム底の靴でしたので、足音はほとんど聞こえないほどクッション性も高かったので素材の厚みなどを知るには向かないと思われたのでした。
その点お父さまの歩くときにレザーソールが響く“コッコッコッ”というあまり
チェスナットの無垢材一枚の幅も、百五十ミリメートルはありそうで長さも半端なく長いものでした、このため厚みも相当なものになると思われたのでした。
お父さまが
そして私はお父さまの大きな背中について行き、行く先々で同じような
幅の比較的広く明るい色目で電灯も
エレベーターもありましたが、お父さまは階段を選ばれたのでした。
そしてまた今度も同じような廊下を歩いて、重厚なダークブラウン系のマホガニー材で作られた両開きの立派な扉の前まで行きました。
「ここか」と低い声でいってドアノッカーでノックを四度するお父さま。
“コンコンコンコン”という
そして「どうぞ」と中から年配の男性の低くはっきりとした声が聞こえました。
お父さまが右側の扉を押し開けて入って行き、それに私も続き入ってからドアを閉めました。
比較的広いのですが、様々な道具や機材が左右の壁面に置かれた部屋でした。
幅に比べると奥行きはあまり無いようでした。
北東側に向いていますが、お父さまの背中の向こう側に大きい窓が並んでいました。
「
お父さまが謝る所を見るのは初めてでした。
「こ、近衛の方にそんな頭を下げられるようなことはしてはおりませぬ、どっどうか頭を上げていただきたい。我々の方が、格下の存在なのですから。頼綱様の
椅子が後ろに
「
「美空ご挨拶だ」とお父さまに
「神無月 美空と申します。受け入れてくださり、とても感謝しております。なにぶん
私の顔には
羽柴様は丁度目の前で立ち上がっている、
その方はチャコールグレーと思われるウール地のジャケットをAラインで着こなし
「私はここで、八課の課長をしております。羽柴 淳之介と申します、そして私の隣は」と左手の五本の指を揃えて手のひらを上に向け、課長から見て左手に座る方の
課長にとっては左側でお父さまと私にとっては右側に位置する席に座る、オールバックで髪色もまだ黒い課長より少し若いと思われ、そちらの方もまた渋く格好の良い方だったのです。
課長とは対照的で明るいベージュ系のウール地ジャケットに、青色のワイシャツを着こなし赤いシルク地のソリッドレギュラータイをしておられる男性から声がかけられました。
「
そして続けられました。
「失礼ですが、まだ高校生になられてはいないのでは?」と副課長が
「はい、新年度より私立
すると課長は「私立清祥高等学校ですか、
「はいそのとおりです」と私はしっかりと生真面目な顔で答えます。
「問題ありません、御門財閥には顔が効きますので何かあっても大丈夫でしょう」と自信に満ちた快活ないい方で課長がおっしゃいました。
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※この作品はフィクションです実在の人物や団体、
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地景:焼き入れの際に、地鉄に現われる働きの一種です。
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