約束

月曜日。部室に向かう。


進路調査表は公務員と書いて出しておいた。公務員と書いておけば教師、自衛隊、警察、消防士などたくさんの選択肢があるから、進路調査という、めんどくさいものを切り抜けるには1番無難な選択だろう。まぁ、もちろん公務員なんてなるつもりはないが。いや、なんてというのは公務員になりたい人、公務員の人に失礼か。


活動場所にはまだ楓は来てはいなかった。まぁ今日は来ていたとしても、まだ書き終えていないから見せれるわけではないのだが。

学校では執筆する気にはならないから特にやることはない。そのため、学校で暇なときは小説を読むようにしている。

携帯で「神楽小枝」を調べて作品を見るが、まだ更新されていなかったため、投稿サイトで面白い作品を探してみることにした。

とりあえず探してみたもののあまり興味を惹かれるものはなかったため、「神楽小枝」の作品を見直すことにした。


入学式から少し気になっていた男子。同じ部活に所属していることを知って、話しかける機会を探っていた。部活が同じなら話すのも簡単だと思っていたけど全然話す機会がなかった。でも千載一遇のチャンスが訪れた。彼が小説のプロットらしきものを書いているところを発見した。私はこれはチャンスだと思って話しかけた。しかし彼は嘘をついて逃げようとする。話すチャンスを逃すまいと、彼の逃げ道を塞ぐ。彼は観念して小説を書いていることを認めた。そして私は彼の小説を見せてもらえることになった。



ゆっくり読んで見ると、僕たちみたいだなと思う。楓目線で小説を書けばこんな風になるんじゃないかと。

まぁでも、僕たちは中学も違うし、部活でこういう関係になったし、楓は僕のことを好きじゃないとかそこらへんは違うからやっぱり違うのだろうと結論づけたところで楓がきた。

楓は入ってきたところですぐ止まってこっちをすっと見据えた。そして少し気まずそうにしている。


「どうした?」

「どうもしてないよ」

「なら、座れば?」


少し迷った様子だったが、決心したように、僕の前の席に座った。


「あのさ」

「うん」

「ライン教えてよ」

「ん?別にいいけど。どうしたの急に」

「ほら、来週から夏休みでしょ?そしたらその間小説読めないから。ライン交換しとけば、ラインで小説送ればいいからさ」


確かに来週からの夏休みの間、小説のことについては考えていなかった。楓との交流手段はないから小説はいいかなと思った。


「夏休みの間も読むのか。別に良くない?」

「私が見なかったらサボるでしょ?読んであげるよ」

「確かにね。わかった。交換しよう」


ラインを交換するとき楓の顔を見ると、心なしか嬉しそうに見える。突っ込むと何か言われそうだから何も言わないが。


「ついでに聞くけど、夏休み暇?」

「文芸部で、バイトもしていなくて、仲良い友達がほとんどいない僕が暇じゃないと思う?」


僕が皮肉混じりに答えると、彼女は半笑いになっていた。


「確かにそうだね。ごめんごめん」

「謝らなくていいよ。傷つく」

「ごめん。別に意地悪で言ったわけじゃないよ。私と夏休み遊ばない?」

「え?まぁ別にいいけど」


彼女はなぜか嬉しそうにしてい。僕と遊ぶことがそんなに嬉しいのだろうか。


「じゃあ詳しくはラインするね」


というと彼女は用事は全て終わったのか荷物を持って部室を出ていった。

僕は1人部室に残されて、ため息をついた。

楓からライン交換を申し出たり、遊びに誘うなんて珍しいこともあるものだ。

一通りの流れを振り返って考えていると、時間を知らせるチャイムがなった。僕は考えるのをやめて帰ることにした。


水曜日と金曜日の部活には楓は来なかった。

そして夏休みが始まる。

その夏休みが楓との最初で最後の思い出になることを僕はまだ知らない。


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