運命の出会い
新学期
夏の日照りも幾分か和らいだが、未だ暑さの抜けきらない朝。
力強く太陽に向かった向日葵は萎み、代わりにコスモスが可憐な蕾を付ける。もう少し経てばキンモクセイが花開き香しさを国中に振る舞うであろう季節。
そんな溢れる風情を見向きもしない、慌ただしい足音が石畳を軽やかに叩いていた。
「大変!遅刻遅刻!!」
とある魔女の卵――エリーは急いでいた。
早起きし、浮足立ちながらも、念入りに背中の真ん中程まである髪を梳かしたまではよかったが、時計を見ることをすっかり忘れていた。朝御飯を小さな口に詰め込むと、慌てて寮を出た。
(始業式早々遅刻したら先生に怒られちゃうし、午後に響くかもしれない……!)
アストロメリア魔法学校。神秘の国ソルシエールの中心に聳え立つ、国内最大の学び舎である。城塞を改築して学校にしたため厳めしさがあり、中央の門を挟む塔は、それぞれ魔法属性である光と闇をモチーフとしていて、細部のデザインが異なっている。
その二つの塔は分厚い城壁と繋がっており、東西に中央よりも背の高い『日輪の塔』と『月桂の塔』が其々建つシンメトリーな構造で、天高いというよりバロック建築のように横に広い。
エリーは、城庭の中央にある美しい石膏彫刻で飾られた噴水に見向きもせず、門の方に向かうと東の塔に入る。
それから螺旋階段を上ると丁度閉まりかけた扉に滑り込んだ。
「エリー!最終学年にもなって早々遅刻ギリギリとは何事ですか!」
全力疾走したエリーが肩で息をしていると、扉のすぐ近くに陣取っていた顔馴染みの教師に強めに注意された。謝罪の言葉を口に出そうと試みたが、走り過ぎて上手く喋れなった。詰問を避けるようにそそくさと、乱れた息を整えながら講堂の端を歩き前方と向かう。
遅刻したエリーには悲しい哉、始業式では学年が高いほど席が前になる。最終学年のカラーであるオレンジのネクタイを付けている生徒達のテーブルを見つけ、空いていた席に腰掛ける。テーブルの真ん中の花瓶には、その名の通り夕陽色の薔薇である『夕薔薇』が飾られていて、テーブルの上には丸められた羊皮紙が置かれている。
花瓶の隣に置いてあった水差しを、やや乱暴に掴んでグラスに注いでぐびぐびと飲み干す。喉を通り肺に抜ける冷たさが、やっとエリーの心を落ち着けてくれた。
「おはようございますエリー、間にあって良かったですわね」
「おはよう。見事に髪の毛が乱れてるね。あと水のお代わり要る?」
聞き慣れた小声に顔を上げると、二人の少女が微笑まし気にこちらを見ていた。
シャーリーとソフィアだ。二人は入学年度からの付き合いで、同じ授業を取っていれば一緒に課題をこなす。とっていなければ意見を交換したり、休みの日にお茶をしたりする、所謂友人と呼べる間柄である。エリーは髪を手で直しつつ、差し出された新しい水を受け取り、学校長の有難いであろう話はそっちのけで会話をする。
「ありがとうソフィア。今日はね、早く起きたんだけど身支度に時間をかけてたらぎりぎりになっちゃって」
「エリーらしい」
「そうかな?」
「きっと、この後ある召喚獣との契約が楽しみで仕方なかったのでしょう?」
「そうなの!エリー、朝からウキウキしちゃって……」
エリーは興奮で大声になりかけたのを慌てて抑える。この魔法学校では最終学年になると魔獣を召喚し、契約する。一年の間に絆を深め、魔界で行われる卒業試験に挑むのだ。魔界というのは、魔物達が生息する異世界のことで、校長室の奥の開かずの扉の先に入り口がある。魔界には低学年の頃、一度だけ遠足で行ったことがある。そこは一見普通の森だが、空からは真っ白な光が差し込んでいて、見たことのない植物や喋る茸、魔獣がいた。また行けるのかと思うと胸が高鳴る。
「ふふふ、相変わらず可愛らしいですね」
「召喚獣もそうだけど私は魔王が気になってる。どんな人なんだろう」
卒業試験に合格すると、晴れて魔法使いとして認められ、その暁にはとして魔王様から魔女もしくは魔人名を貰える。卒業証明のようなものだ。名前はミドルネームとして正式に戸籍に刻まれる。
エリーは、魔王様はネーミングセンスがかなり良いのではないかと思っていた。先生達に与えられた名前はどれも素敵だからだ。話が随分逸れたが、魔王は全ての魔の頂点に立つ者であり、一部の生徒の憧れの的でもある。
「魔王様の姿はどの図鑑にも載ってないもんね」
「本によると身体は黒いみたいだし、やっぱり闇属性なのかな」
「でも……光の魔法を使っていたという記述を読んだことがあります」
二人の議論を聞きながら、まだ見ぬ魔王様に想いを馳せる。
この世界の魔法は光と闇の二つの属性に分類される。エリーは闇属性、シャーリーとソフィアは光属性の魔法使いだ。魔法使いが使える魔法は、自身の属性と同じ光か闇のどちらか一つで、闇属性のエリーが光の魔法を使うことはできない。だから、これから彼女が契約するのも、自分と同じ闇属性の魔法を使える闇属性の魔獣である。
魔王様が闇属性なら光の魔法を使うことはできないはずだ。けれど一般的に黒い身体を持つ魔獣は闇属性だ。憶測は幾つもあるが、魔王の存在は未だに謎に包まれている。
うんうん、今年は楽しみでいっぱいで例年以上に退屈しなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます