初恋で今恋で

いのかなで

第1話 初恋の彼女に今もまだ

 私の親友であり、幼馴染の咲。生まれた時から一緒だった。咲の両親とうちの両親は同い年。そして私と咲もまた同い年であり、どういう訳か誕生日も3日違いとすごく近い。お互いの両親が示し合わせて私と咲を同い年に産んだのかとも思った時もあったのだが、それは考え過ぎだった。ただ、結婚したのが同じ頃だったことと、たまたま同じころに私達が母さんのお腹にできたこと。偶然が重なり、近所に住んでたこともあったので当然同じ保育園から中学校まで一緒だった。高校からは別の学校に行ったのだけど、それはおいおい話そうかな。

 

 私達は今25歳。お互いいい大人になっていて、そろそろ結婚を考える歳になっていた。最近は結婚式の招待状なんかもたまに届くようになった。

 同級生の結婚式というのはある意味出会いの場。出会いの場ということもあり、独身の男女は色めきたつ場所と言っていい。私はというと、そんなことは全く考えてはいないのだけど、親友の咲はその度に余念なく準備をする。ばっちりドレスアップをして美容室で整えたヘアスタイル、メイクを式に行く直前に必ず私に見せに来るという毎回の恒例行事を欠かした事がない。


「で、どうよ?」

「いんじゃ?」

「何それ、適当過ぎ」

「はいはい。可愛いですよ咲ちゃん」

「何か納得いかないんだけど」


 むーと頬を膨らます咲に私は結婚式なんてどうでもいいですからと思いながらスマホに手を伸ばす。未だ鏡を見ながら自分の全身をくまなくチェックしている咲にスマホのカメラを向ける。


「咲笑って?」

「は?なんで撮るのさ」

「一応残しとくといいかなって」

「まぁいいけど」


 3枚ほど咲のドレスアップ姿の写真を撮った。私のスマホの中には咲の写真が多い。理由はただ撮りたいからというシンプルなものだけど、それは咲だから撮りたいのであって、その他の人を撮りたいとは思わない。結婚式に男を釣りに行く咲は嫌だけど、綺麗な咲は写真に残しておきたいと思っていた。


「楓はそれでいいの?」

「いいの」

「素はいいのに勿体無い」

「うるさい」

「それじゃ彼氏作れないよー?」

「余計なお世話ですー。」


 私に彼氏を作れと言う咲に私はうんざりしていた。彼氏はいらない。むしろ、男は恋愛対象には入らないのだから仕方ないという方が正しい。咲には自分の恋愛対象が女性であるということはまだ言えていなかった。



「ほら時間だよ」

「あ、やばい。行こ行こ」



 お呼ばれした結婚式場に着いた後、軽く友人と話をして自分の席に着く。結婚式は何度か行ったことのある式と同じようなプログラムが組まれており、滞りなく終盤を迎え、お互いの両親に手紙を読むシーン。お約束で、一番の感動シーンが繰り広げられていた。ふと咲を見ると目にハンカチを押さえている。やっぱりなと思うのは予想がついていたから。涙もろい咲はいち早く泣いているだろうと思っていた。せっかくのメイクが落ちてしまうだろうにと思いながら咲の泣く顔を眺める。スマホをまた手に取りカメラを起動する。この咲の顔も残しておきたいと思ったから、咲が気づけば怒るだろうが、咲にカメラを向けてシャッターを切った。


「なんで撮ってるの?泣き顔撮らないでよ」

「いいじゃん、記念に」


 そう笑って見せると最悪と言いながら、またハンカチで目元をぬぐおうとした咲の手を取る。


「こすっちゃダメだよ。メイクがぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん。」

「うん。ちょっと化粧室行ってくる。楓も来る?」


 そう言われて私は席を立つ。洗面台の前で必死にメイクを直している咲を眺めながら、苦笑いする。さっき崩れてしまったメイクが瞬く間に元の美しい状態に戻って行く。どれだけ着飾っても咲は咲なのに。泣き崩れて崩れたメイクだって咲は咲。スウェットの上下着て前髪をゴムで結んだ姿も咲は咲。私はそんな咲を見ながら、この親友が好きなのを自覚している。


 自覚したのは中学生の頃だった。女性が恋愛対象だと認めたくなくて、葛藤したのを覚えている。咲には言ってないけど、高校を別のところにしたのは咲が好きだったからだ。家も近所で同い年、親友という間柄で離れないと辛かったから。咲の初恋から恋愛を近くで見るのはあのころの私には耐えられなかった。私の初恋は咲であり、現在の好きな人も咲。


 高校、大学で恋愛はそれなりにしてはきた。けれど、咲への想いは薄れたかと思えば復活し、付き合っていた人がいた頃もよく咲の事を考えることが多かった。そんな中途半端な気持ちのまま大学を卒業してから私は家から通える場所に就職。たまたま咲も私と同じように家から通える距離のところへ就職した。元々幼馴染であり、同い年の近所ということもあって咲は昔のように家によく来るようになった。それから3年、今の現状だ。薄れるどころか完全復活した恋心はいよいよそれ以上を求めて来てしまっている。ひた隠しにしてきた私のセクシャルを咲に伝えなくてはと。


「咲、あのさ、帰ったら話あるから」

「今じゃダメなの?」

「ん。ダメかな」

「気になる言い方」


 まぁいいけどと言いながら咲はメイク道具をポーチに戻して、私達は式場に戻った。


「話って?」


 結婚式から帰って早々そう切り出されて考える。色々シュミレーションしてきたここ数年。けど、どれが正解でどれが間違いなのかもわからない。いざ告白しようと思ってもこれからの関係性を考えるとどうしようかと考えてしまう。ヘタレかと思うが、それ以上に私の存在はたぶん咲にとっては重要な立ち位置。ただの友達とも言えず、私の存在を失いかねない状況を作りだしていいものかと思う。それには私も同感ではある。咲という存在を失いかねないのにいいのかと何度も考えた。私の想いを一方的に告げることは私の自己満足を満たすため。それを強行してしまおうというのだから私は本当に勝手な奴なんだろう。


「咲には言ってなかったからちゃんと言おうかと思って」

「なに?」

「私さ、咲には彼氏紹介したことないでしょ」

「うん。」

「それはね、彼女しか私にはいなかったからなんだ」

「え?それって楓が女の人が好きってことだよね」

「そう言う事。」


 黙って考えるようなしぐさをした咲をじっと見つめる。咲は考えもしていなかったという表情で、少し困ったような悩むような顔をして、次の言葉を選んでいる。


「楓はそれって私に言わなかったの理由があるの?」

「あるよ」

「そうなんだ。」

「聞かないの?」


 そう問えば聞いていいのかと言う咲に苦笑する。いつもだったらずけずけと何でも聞いてくるくせに、こういう時に限って他人行儀になるのもどれだけ動揺してるかがわかって。


「咲が嫌だったらどうしようかと思ってと言ったらどうする?」


 そんなわけないのは分かってるから意地悪な問いをしてみれば、案の定私をキッと睨む咲に私は笑った。咲はそんな奴じゃないのはわかってるし怒るのは分かってたから。


「冗談」

「怒るよ?」

「でもさ、怖かったのは確か」

「そっか。私にも言えないくらい悩んでたんだ」

「まぁそれもあるけどさ、咲に相談しなかったのは初恋が思いの他厄介だったからなんだけどね。」

「初恋っていつなの?」

「どうなんだろう?私もわかんないけど、たぶん中学ん時には自覚したからそれくらいかな?」

「自分でもわかんないの?」


 そう言って笑う咲に私はふっと息を吐く。言ってしまえば後はわからない。最悪この心地いい関係は終わってしまうかもしれない。けど、このこじらせてしまった恋愛熱はこの先いつ冷めてくれるのかは全く見当がつかない。もうすでに10年もの間冷めたかと思えば復活するを繰り返すある意味持病のようなものだ。この先悪化することも十分あり得る。だから私はソファーに座りなおした後、咲の目を見て続けた。


「私が自覚した後、高校が別になって咲はどう思った?」

「なに突然。びっくりしたよ?それに寂しかったかな楓勝手に決めちゃうから」

「うん。そうだねごめん。でもあれは結構真剣に悩んで決めたんだ。好きな人が初恋する時に見てなきゃいけない。彼氏ができる度に嫉妬するし、好きな人が私以外の誰かといる度に辛かったから。」

「そっか。それは辛いかも。」

「うん。でもね、離れてからもやっぱり忘れられないんだわ。恋人ができてもずっと頭にちらつくの。だから、いっそ振られてもちゃんと気持ち伝えようと思って。」

「そうだったんだ。ごめん。辛い時とか相談乗ってあげられなかったね。今から相談乗るからさ。」


 相談できないのは当然と言えば当然なのだけど、基本的に咲はいい奴だ。いもしない私の初恋の人を思い浮かべてくれている。自分のことだとは全く気付いてないのは仕方ないか。


「咲」

「うん?」

「私の初恋は咲なんだ。」


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