イブとアダム

コヒナタ メイ

第1話

 西暦2160年の日本。10月のある朝、10歳の少女の杏は母親と2人が住む郊外のマンションから外へ出た。秋の空はどこまでも青く、柔らかな日差しが2人を照らした。母親は杏の手を引いて歩道を歩き、車道に止めてある自動車に向かった。自動車は1950年代の米国車のような可愛らしいデザインで、色は派手なピンク色だった。母親はスマートフォンを自動車に向けて画面を操作すると、前後のドアが横開きに開いた。二人は自動車の後席に乗り込み、母親が前席背面中央部にあるセンサーにスマートフォンを近づけると、自動車のスピーカーから「中央デパートに参ります。」といった音声が流れた。自動車に運転手は乗っていなかった。前席もベンチシートになっていて、ダッシュボードにスマートフォンのセンサーが付いているだけであった。自動車はタクシー型ロボットで、運転は人工知能が行う。乗客はスマートフォンで行き先を指示するだけであった。まもなく自動車が車道を走りだした。杏は車窓から外を見た。歩道には広葉樹と鮮やかな花が植えられ、建物は整然と建ち並び、1階の店舗は鮮やかな装飾がされて美しい街並みを演出していた。歩道にいる老いた人も、若い人も楽しそうに談笑していた。素晴らしい世界がそこにはあった。ただ1つだけ現代と異なることといえば街に男性の姿がないことであった。街といわず、世界に男性は存在しなかった。世界は女性だけのものとなっていたのだった。

 デパートに着いた母親と杏はエレベーターで10階のギフトコーナーに行った。母親が遠方に住む友人に送るギフトを選びに来たのだ。はじめは母親と一緒にギフトを見ていた杏だったが、だんだん品物を見ているのに飽きてきた。

「ねえ、ママ屋上のゲームコーナーに行っていい?」

杏は聞いた。母親は杏にゲームコーナーで使用するプリペイドカードを渡して、

「いいわよ。これで遊んでらっしゃい。ギフトを送ったらママも屋上に行くわ。」

と言った。杏は母親からプリペイドカードを受け取り、屋上へ向かって歩いた。杏のいる10階の上階が屋上であるため、杏は階段で屋上に行くつもりだった。階段の手前で杏は扉を見つけた。扉には「18歳未満立ち入り禁止」と書かれていた。杏は「18」の文字は読めたが、他の漢字は読みなかった。なんだろうと首をかしげながら扉を開けて中に入ると、室内は窓がなく、照明が壁際についていて暗かった。杏が室内を奥に向かって進んでいくと壁にフィギアコーナーと書かれた看板がついていた。壁際には10数体の大人の大きさの人形が並んでいて、奥にはショーケースが置いてあった。人形は本物の人間のようで、短い髪のものが多かった。杏が小学校で習った、昔いたという男性のことを思い出した。「これが男なんだ。」杏が興味深げに人形を見ていると、ふいに後ろから声をかけられた。驚いて振り向くと黒い服を着た店員が立っていた。

「お嬢様、まだこちらに来る年齢ではございませんわ。」

店員は杏に向かって言うと、扉を開けて杏に部屋の外に出るよう促した。

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