第61話 着ぐるみ士、顔合わせする

 それから程なくして。シグヴァルドの執務室に姿を見せる魔物たちが、合計で13匹いた。

 真ん中を歩くのは砂色の毛並みをした殺人ウサギヴォーパルバニー、彼女がギュードリン自治区の勇者であるマルヨレイン・デ・ブールだ。

 彼女の両隣にはゴツゴツした鱗を持つ竜人ドラゴヒューマンと、白銀の毛並みが美しい狐の獣人ファーヒューマンがいる。それぞれ、『岩石の翼アリディロッキア』のリーダーであるライニール、そして『雪中の狐ヴォルペネーヴェ』のリーダーであるシェルトだ。

 ライニールとシェルトが、率先して膝をつきながらギュードリンに対して頭を垂れる。


「陛下、お待たせいたしました」

「『岩石の翼アリディロッキア』、招集に応じ、馳せ参じました」


 ギュードリン自治区の実質的なトップであり、彼らが王と戴く元魔王に、魔物の冒険者たちは揃って頭を下げる。それはこの魔物たちの中で最強である、勇者たるマルヨレインも同様だ。


「ファン・エーステレン、ギュードリン自治区公認勇者マルヨレイン以下四名、お声に従い参上しました」


 ギュードリンの称号でもあるファミリーネームを口にしながら、マルヨレインが深く頭を下げつつ告げる。と、当のギュードリンが面食らった様子で彼女に声をかけた。


「マルヨレイン、どうしたのさ。お前がそんなかしこまって話すだなんて、明日は槍でも降るんじゃないのかい」

「ちょーっ、おばあちゃん、そんな言い方ないでしょ、そんな言い方ー!」


 するとマルヨレインの方も、途端に姿勢を崩しつつ砕けた口調で主君へと声を飛ばした。どうやら彼女にとって、これが通常の接し方であるらしいし、逆もまた然りのようだ。

 魔物にとってファミリーネームは主君より賜る称号であり、尊称でもある。故にファミリーネームを持つ魔物に対してはファミリーネームで呼ぶことが最大級の尊敬になるのだが、どうもこの勇者は普段はそれをしていないようだ。

 目の前で行われるやり取りに目を白黒させながら、俺はギュードリンに言葉をかける。


「え、えぇと……ギュードリンさん、彼女が、その?」

「あ、うん。ごめんごめん。ジュリオ君たちにはちゃんと紹介しないとね」


 俺に声をかけられ、ようやく彼女は今はこんなことをしている場合じゃないと思い至ったらしい。俺に向き直りながら、魔物のパーティー三つに向かって手を伸ばした。


「真ん中の四人が勇者を擁する『砂色の兎コニーリョサビア』。左の竜人族ばっかのが『岩石の翼アリディロッキア』。右の全体的に白っぽいのが『雪中の狐ヴォルペネーヴェ』だ。今回はこの三パーティーと君んとこの『双子の狼ルーポジェメリ』で、アルビダの奴を迎え撃ってもらう」


 そう端的に説明して、ギュードリンは今度は魔物たちの方に向き直った。俺へと手を伸ばしつつ、にこやかに微笑みながら口を開く。

 

「お前たち、今回はよく集まってくれた。今回『血華けっか』アルビダに立ち向かってもらうのは、お前たちとここにいるジュリオ君たちだ。絶対に討ち漏らすんじゃないよ、いいね?」


 今もなお絶大な権力と支配力を有する元魔王に、マルヨレインも他の魔物たちも、揃ってコクリと頷いた。彼らは皆、冒険者ギルドに所属する正式な冒険者、それもSランクの冒険者だ。現魔王であるイデオンの軍勢を蹴散らす用意は、当然出来ている。


「うん、大丈夫!」

「問題ありません、我が王よ」

「自治区に攻め込んでくるなど無謀の限りだと、我々が彼奴きゃつに教えてご覧に入れます」


 マルヨレインとシェルトとライニールが、率先して頭を下げつつ膝を床についた。それに倣って彼らの仲間である魔物十匹も、一緒に深々と頭を下げる。

 と、ゆっくり立ち上がってからライニールとシェルトが、それぞれ顔を見合わせながら笑った。


「しかし……」

「ああ」


 にやりと笑いながら、彼らが視線を向けてくるのは俺の方だ。

 俺へとゆっくり歩み寄り、ぽんと俺の肩を叩きながら、二人が嬉々として言う。


偽王ぎおうはおろかファン・エーステレンとも並び立つ程とされる『着ぐるみの魔狼王』殿とご一緒できるとは、願ってもない幸運ですな」

「まったくだぜ。アルビダもこいつがいる時に攻め込んでくるなんて、つくづく運の無い野郎だ。それにリーアちゃんもなぁ、大きくなって」


 シェルトが言えば、ライニールも豪快に笑いながら言ってのけた。

 「偽王」とは、現魔王であるイデオンを前魔王であるギュードリンの陣営の魔物たちが話す時に使う、いわば蔑称だ。自分たちの戴くギュードリンこそが正当な魔物の王で、イデオンはギュードリンの不在の時にかこつけて魔王になった人材、そう言いたいわけである。

 それはいい、別に否定されるものでもない。だが、続けてマルヨレインがとんでもないことを言い出した。


「だよねー、あたしたちがお仕事するより先に、この人がバシーンって一発やって殺しちゃうんじゃない?」

「えっ、ちょっ、えっ」


 そう話しながら、マルヨレインが俺の足元でぴょこんと飛び跳ねた。

 彼女の言葉を聞いて面食らい、数歩後ずさった俺だ。さすがにいくら俺が最強だからといって、後虎院の当人が相手なのだ。ここについては確認が必要だ。

 早速話を始めようとするマルヨレインを遮るようにしながら、俺は隣に立つシェルトに声をかけた。


「あの、これから攻め込んでくるのって、『後虎院』の一人なんですよね?」

「そうです」


 俺が問いかけると、シェルトはこくりと頷いた。ここは間違いないらしい、それはまだいい。

 そのまま俺は視線を反対側に向け、右の方へ。そこには俺を見つめて笑うライニールの姿があった。


「『後虎院』って魔王軍の最高幹部・・・・で間違いありませんよね?」

「おうとも」


 これまた、彼は自信満々に返事を返してきた。ここまで言ってしまっては後悔も撤退も何もあったものではない。

 愕然としながら、俺は前の方に視線を戻した。下方向に視線を向ければ、マルヨレインがにこにこと俺を見上げている。


「それを、俺が、一撃で・・・、バシーン?」

「うん、出来るでしょ」


 これもまたもや、さらりとなんでも無いことのようにマルヨレインは返してきた。

 もう、ここまで来たら俺は顔を覆うより他にない。何だって俺に、後虎院の一員を一撃で屠るような力があるというのだ。それもマルヨレインの口ぶりからすれば、魔法も何も関係なしに拳を振るって、その一撃で。

 何とか対抗しようと、俺はゆるゆると頭を振った。


「無理ですってそんな、こないだエフメンドとやった時もそんな、一発でなんて無理だったのに」


 そう、俺はつい先日、『枯らす者』エフメンドを倒している。しかし彼は後虎院の一員ではなく、その直属の配下に過ぎない。それでも一撃で倒すには至らず、数発魔法やら攻撃やらをぶつけて削りきったのだ。

 すると、俺の話を聞いていたシェルトとライニールが、顔を見合わせながら話し始めた。


「シェルト。確か『枯らす者』エフメンドが倒されたのは」

「ヤコビニ王国北フローリオ郡、ザントナーイ峡谷。その源泉付近・・・・と伺っています、ライニール殿」


 ライニールの問いかけに、シェルトが淡々と、しかしはっきりと答える。なんとも正確な情報だ。寸分の狂いもない。これこそが、魔物でありながら人間に協力する生き物か。

 するとライニールが、俺の方に視線を向けながら顎をしゃくった。


「ジュリオ殿と言ったな。一発では無理だったと言ったが、何発入れて殺した」

「えー……」


 彼の問いかけに俺は記憶の糸を手繰り寄せる。あの時エフメンドを倒してから一週間ほど経過している計算になるが、ともあれ。

 指折り数えながら、俺はエフメンドを倒した記憶を探して話し始めた。


「俺が三発、リーアが二発、アンブロースが一発……他の冒険者たちも攻撃してはいたけれど、有効打という点では、六発ですかね」


 すると、俺の言葉を聞いていたシェルトとライニールが、揃って俺の両手を握った。そのまま握手するように手を振りながら、二人は目を大きく見開いて笑っている。


「六発! 源泉を陣取ったエフメンドを六発でか!」

「それは素晴らしい。あちらは十全に環境を整えていたでしょうに、それを六発で沈めるとは」


 その返答に、俺は目を白黒させるしかなかった。こんなに強い魔物たちに太鼓判を押されるだけでも驚愕するものだが、それを抜きにしてもそんなものすごい評価をくだされる俺の力。どうやって耐えるのか、いや耐える手段がそもそもあるのか。

 わけが分からないで立ち尽くす俺に、マルヨレインがその身体を脚にくくりつけて笑い始めた。


「大丈夫だよ、フェンリルさん。それだけ戦えるなら、アルビダなんて一捻りだって!」

「ええ……が、頑張ります……」


 マルヨレインの発言に、観念したように俺はうなだれた。

 これから決戦だと言うのに、なんだろうこの言いしれずに感じる疲労感は。うなだれながら、俺はマルヨレインの言葉に返事を返す。魔王軍の最高幹部を相手取る高揚感など一切なく、何とも、気が重くて仕方がなかった。

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