第52話 着ぐるみ士、追い詰める
戦い始めてから10分近くが経過しただろうか。俺とギュードリンの試合は、まだ続いていた。
「ふっ、はっ!」
「なんのっ!」
息が上がりかけながらも、俺は動き続ける。爪を振るって、噛み付いて、頭突きをかまして。そうして絶え間なく近接攻撃を仕掛けていくのを、ギュードリンも最小限の動きでかわしながら俺に向かって拳を打ち込んでくる。
しかし、戦い始めから見てみると、ギュードリンの動きは明らかに
長期戦なら俺に分があるはずだ。フェイントを交えながら再び咆哮して風を飛ばす。
「ぎっ……ガァァッ!」
「うわっ……っと!!」
今度の
「やるねぇジュリオ君、
「便利ですねこれ、ほぼノーモーションで使えるんで!」
嬉しそうな彼女の言葉に感想を述べながら、俺は再び彼女に肉薄した。
実際、
長ったらしい詠唱文句を紡ぐことなく、一吠えするだけで魔法を発動させられるのだ。魔力が声に乗っているとは言え、使いやすいと言ったらない。
「そうだろ、狼化していないと使えないのが難点だけどね! これがあるって分かるだけでも、だいぶ違うはずだ!」
俺の振るった前足を両腕を交差させて受け止めながら、ギュードリンは笑った。
ああ、楽しそうだ。心の底から楽しそうだ。そのことに少し嬉しくなりながら、俺はさらに言葉をぶつけていく。
「確かに。それで、どうですか、俺!」
ぐ、と両の前足に力がこもる。ギュードリンの端正な顔と、俺の狼の顔が触れそうなくらいに近づく。
そして俺の額と彼女の額が触れ合う中で、破顔したギュードリンは叫んだ。
「最高だ!!」
「光栄です!!」
俺も叫び返す。同時にギュードリンの両手がかち上げられ、俺の前足を弾き飛ばす。
俺もそれに合わせてジャンプした。後方宙返りをしてギュードリンから距離を取る。その間にも俺は魔法の詠唱を紡いでいた。炎魔法第八位階、
「爆炎よ爆炎よ、嵐となりて世の一切を焼き払え!
ギュードリンも負けていない。俺の前足を弾いてから飛び退いて、その口で魔法の詠唱を発していた。
「罪も徳も全てを押し流し奪い去る! 暗黒の時よ来たれ、
水魔法第七位階、
重複詠唱した第八位階と、重複詠唱していない第七位階。普通なら第七位階の魔法が一瞬で押し潰されるだろうが、そこは神魔王ギュードリン。俺の
「ぐっ……!」
「くくく……!」
そのまま始まる、俺と彼女の間での魔法による押し相撲。互いの魔法は拮抗しているかのように見えたが、違う。俺の発する炎が、じわりじわりとギュードリンの放った大波を侵食し、その水を蒸発させていた。
勝っている。俺の魔法が。重複詠唱してブーストを掛けているとは言え、魔法でギュードリンを上回ることが、どれほど困難なことか。今更説明するまでもないだろう。
事実、だんだんと額に汗をかき始めたギュードリンは目を大きく見開いて眼前の光景を見ていた。その瞳には、明らかに
「はっはははは!! これは驚いた、私が魔法勝負で押し負けるなんて!!」
「ご冗談を……! 俺は重複詠唱をしてこれですからね!」
しかし俺も気は抜かない。
「私に詠唱省略をさせない時点で誇れることだ! いいねぇ……久々にぞくぞくしてきたよ!!」
「嬉しいことですね!!」
爆炎が辺り一帯に広がっていく中、その炎を突き破るようにギュードリンが俺に迫る。
対して俺も魔法の維持を止めた。炎が力を失って消えていくのをそのままに、ギュードリンを迎え撃つべく風の刃を何重にも放つ。魔狼形態を取っている今なら、無詠唱で
俺の肉球にギュードリンの顔が激突するのを感じた。痛みはそれほどでもないだろうが、衝撃はかなりあるはずだ。小さく頭を振りながらギュードリンが声を発する。
「それだ! 魔法と近接攻撃を巧みに組み合わせたその戦い方! 多彩な攻撃を瞬時に切り替えて使いこなす様! さすがは
「これでも、
彼女の言葉に同意をしながら、俺は開いた口を彼女の喉に向けた。口の中の牙に、彼女の肌が当たる感覚がする。
そのままがちりと噛み付けば傷も負わせられたかもしれないが、ギュードリンはそこに腕を突っ込んできた。このままでは噛めないし動きを封じられる。すぐに頭を引く。
一気に後方へと飛び退きながら、俺は笑みを見せながらうそぶいた。
「ま、とっくに世界で一番ですけど!!」
「違いない!!」
その言葉にからりと笑い、ギュードリンは再び突っ込んできた。今度は先程のように直線的な動きではない。左右にステップしながら俺を翻弄しにかかる。
その、ともすれば分身したかのようなギュードリンが、三方向から同時に魔法を放ってきた。光の槍が彼女の手から伸びてくる。
「
「くっ……!」
そのまばゆい光を放つ槍を、俺はどうにか見極めてかわした。実際に分身して撃ってきているわけではないから、飛んでくる魔法は一発だけ。その魔法がどこから飛んでくるかを見分けられれば、ギュードリンの位置も掴める。
はたして、俺はまっすぐ前進した。そのまま地を蹴って、真正面に立つギュードリンに頭からタックルする。全体重を乗せた俺の頭突きに、彼女の足が僅かに浮いた。
「しまっ――」
「ここに
その瞬間を俺は逃さない。即座に風魔法第三位階、
第三位階という初級クラスの魔法でも、俺くらいのステータスで詠唱省略せずに放てば立派な武器だ。加えてギュードリンは今、地に足がついていない。おまけに俺に頭突きされて後方に向かって力が加わっている。
結果どうなるか。これまでとは比較にならない勢いで、ギュードリンの身体が吹き飛ばされた。飛んで飛んで、大きな岩に身体が激突して止まる。
動かない。勝っただろうか。いや、少しすれば体力が自然回復して起き上がってくるだろう。だが、それでも。
「はぁっ、はぁっ……!」
ギュードリンに、最強の魔王に明確な一撃を加えることが出来た。その事実が俺を高揚させる。疲れ切ってヘトヘトだというのに、尻尾を振ってしまいそうになる。
だが、今は戦いの最中だ、気を引き締めて前方を見る。と。
「ふ、ふふふ……はははは……!!」
ゆらりと立ち上がったギュードリンが、心底からおかしいと言わんばかりに全力で笑っていた。それはもう、大笑いという表現が相応しいくらいだ。
予想だにしない反応に、俺の目が大きく見開かれる。
「ギュ、ギュードリンさん……? あの――」
何が、と問うより先に。
「ごめん、ジュリオ君」
「えっ」
ギュードリンは俺に、謝罪の言葉を述べた。
その意味を俺が理解するより先に、彼女の身体が、魔力が、何倍にも
これまでとは比較にならない、それこそ、これまでの彼女がちっぽけに思えてしまうほどの圧だ。そしてその圧を発する彼女は。
「血が沸き立つのを抑えられそうにない。いつぶりかなぁ……
それまでの人型じゃない、
その大きな姿が消えて、ほぼ同時。全身を貫かれたような衝撃が俺を襲った。
息を吐き出す間もない。視線を動かす間すらない。分からない。捉えられないとかそういう次元じゃない。何をされたのかが全く分からない。
そのまま、俺の意識は刈り取られて闇に呑まれていった。
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