第13話 着ぐるみ士、決意する

 戦闘の後始末と、ブラッドグリズリーの死体の片づけをしていると、後方から土を踏む足音が聞こえてきた。


「やあ、お疲れ様」

「あれ、ルチアーノの旦那?」


 その場にいる冒険者たちが後ろを振り返れば、そこには尻尾をふさりと揺らしたルチアーノの姿があった。

 ブラッドグリズリーを倒すまで五分程度しか経っていなかったと思うが、その間にあの場のエールを飲み終えて、ここまで来たというのか。飲むのが早いのか、素早く移動してきたのか。

 地を這う熊ストリチアンテオルゾ斥候シーカーの青年が、首をかしげながら彼の方にあごをしゃくる。


「どうしたんですかい、フェンリルの旦那。さっきまで酒場にいらしたんじゃ」

「ああいや、そこの彼の様子が、ふと気になったんでね」


 そう言いながら、ルチアーノが目を向けるのは俺の方だ。フェンリルの着ぐるみに身を包んだ俺に、そっと近づいて肩に手を置く。


「どうだいジュリオ君、私の力のほどは」

「ルチアーノさん……その……」


 そのざっくりした問いかけに、言いよどみながら俺はうつむく。ゆるく出された両の手は、先程まで血と肉片にまみれていたものだ。

 俺の手は、文字通り凶器だ。それもそこらの剣や斧より、何倍も強い武器だ。その手を見つめながら、俺は零す。


「いいんですか、こんな絶大な力を、俺なんかに」


 どうして、俺に。リーアの着ぐるみだけでも十分すぎるほどの力があるのに、そこに魔狼王フェンリルの力を上乗せする決断をしたのか。

 普通だったら、そこまではしないはずだ。既に最強のいただきにいる者に、さらに力を与えるなんて、無駄なことは分かりきっている。

 しかし、ルチアーノは頭上の三角耳を小さく伏せながら、にっこりとほほ笑んだ。


「うーん、そうだね。そこはまあ、君だからこそ譲ったんだ、ということにしようか」

「えっ、それって……」


 そう話しながら、彼は俺の頬を……ふさふさとした毛を持つ俺の、着ぐるみの頬を優しくなでた。


「君は、ブラッドグリズリーをその手にかける前に、山に帰るよううながした。普通の冒険者なら、人食いの魔物だからと問答無用で殺すところを、君はそうしなかった」

「……はい。『魔狼王の威厳』のスキルがあるし、それで追い返せれば、あいつらも別の道を取れるんじゃないかな、って……」


 彼の言葉に、俺は素直にうなずく。

 ブラッドグリズリーを倒す前に、魔獣語で言葉をかけたのはその通りだ。俺のスキルで抑え込めれば望ましい、と思っていたから。

 いかに相手が人間に害を為す魔物だとしても、今の俺はどちらかと言えば、魔物の側にいるわけで。その立場ゆえの責任は、まっとうしたいと思っていた。

 そう思いながら発せられた俺の言葉に、ルチアーノは嬉しそうに笑みを見せた。


「そういうところなんだよ。君のその優しさ、寛容かんようさ……それが無かったら、私は君からリーアの着ぐるみを取り上げていたし、リーアの同行も許さなかった……その前に、リーアが君と意気投合することも、なかったと思うけれど」

「当然だもんパパ、あたし、人を見る目はパパにしっかり育ててもらったから!」


 彼の発言に乗っかるように、リーアが尻尾を振りながら声を発した。

 確かにそうだ、リーアに出会って、彼女が俺と意気投合しなければ、そもそも彼女の力を着ぐるみとして受け取ることもなかった。凡庸ぼんような冒険者のままで終わっていたはずだ。

 しかし、そうはならなかった。それは偏に、俺が彼らのお眼鏡にかなったから、なのだろう。


「ありがとうございます……その判断が、間違いだったと思われないように、頑張ります」


 だから俺は、素直にルチアーノへと礼を述べた。

 俺自身が、彼の判断を誤りにしないために。俺自身が道を違えることのないように。宣言するように、声を発する。

 それを聞いた彼が、にこやかな笑顔で満足そうにうなずいた。


「うんうん、いいね。その調子だ」

「おう、ジュリオなら心配要らないだろ。案外、獄王ごくおうイデオン撃破の一番乗りをやってのけるかもな! はっはっは」

「へ?」


 と、そこに言葉を重ねてくるのはイレネオだ。こちらもこちらで嬉しそうに笑いながら、何やら突拍子もないことを言い始める。

 俺がぽかんとしていると、その俺の腕を取りながらリーアが口を開いた。


「じゃあさじゃあさ、ジュリオがあの勇者さまよりも先にイデオンを倒したら、ジュリオをパーティーから追い出した勇者さまに一泡吹かせられるよね!」

「へ??」


 こちらもこちらで、何やらとんでもないことを言い出し始めている。

 飲み込んで、落とし込んで、ようやく俺はこの二人が「俺とリーアが魔王討伐を真っ先に成し遂げる」ことを話している、ということを知る。

 待ってほしい、俺とリーアは確かに最強だとはいえ、パーティーとしては先程登録を済ませたばかり。ランクも最下級のEランクだ。今のままでは魔王討伐はおろか、ヤコビニ王国の外に出ることすら叶わないというのに。


「はっはっは、いいなぁそれ。なあジュリオ、お前とっととパーティーランク上げて越境えっきょうできるようになれよ。そんで、魔王領に『白き天剣ビアンカスパーダ』より早く乗り込んじまえ」

「い、いやいやちょっと、何言ってるんですかイレネオさん、リーアも!? 俺達、ついさっきパーティー組んで登録したばかりですよ!? Eランク最下級ですよ!?」


 そんなことなど気にも留めない様子で笑うイレネオに、俺は慌てながら言葉を投げた。

 通常、冒険者のパーティーがCランクにまで昇格するには、どんなに早くても半年はかかる。俺達のパーティーがそこまで上がる頃には、他のSランク最上級パーティーが獄王イデオンの座す魔王領に辿り着いているだろう。勇者だってナタリア以外に何人もいる。

 しかし、そんなことなど考慮する必要はないと言いたげに、ルチアーノがにっこり笑う。


「心配は要らないさ。君とリーアならすぐにでも、パーティーランクをCまで上げられる。何しろ、君たちを阻める魔物なんてそうそういない……神獣や大悪魔くらいなら拮抗した戦いが出来るかもしれないが、それらはジュリオ君の持つスキルで、いくらでも懐柔かいじゅう出来るからね」

「あ……」


 その言葉に、俺はハッとした。

 俺のスキルはあらゆる魔物の頂点に立つもの。通常の魔物ではそもそも相手取るには力不足だし、相手取るのに十分な実力の持ち主は俺のスキルで上から押さえつけられる。

 つまり、俺は調教士テイマーとして、この上ない高みにいるわけだ。

 自身を取り巻く状況を理解した俺に、ルチアーノが大きく頷きを返す。


「そう。君はただの魔物使いじゃない。神獣使いと言っても相違ない。最強の力を持ち、神獣を味方に付けられる冒険者が、この世界のどこにいると思う?」


 そう言いながら両腕を広げ、高く天を仰ぐルチアーノ。その目線は高く夜空を見上げている。まるで星々の向こう、世界の果てを見るかのように。

 その言葉に、態度に、俺への信頼に、俺もいよいよ覚悟を決めた。世界最強の魔物にここまで言われて、怖気づいていたら男がすたる。


「……ルチアーノさん」

「なんだい?」


 着ぐるみの頭を外しながら、俺は静かに彼へと声をかける。

 にっこり笑いながら俺の目を見つめ返すルチアーノへと、俺は心のうちに溜まり、よどんでいた想いを吐き出していった。


「俺、ナタリアのパーティーを追い出される時に、言われたんです。『着ぐるみ姿が暑苦しい』『自分より人気を集めていて邪魔だった』って。着ぐるみ士キグルミストってジョブを否定されたみたいで、それがずっと引っかかってたんです」

「そうか……それはひどいね」


 俺の言葉を聞いた彼が、真剣な面持ちのままにそっと呟く。

 彼は俺を想ってくれている。信じて、娘を預け、自分の母親の後継者を打ち滅ぼしてくれると、信じている。

 そんな彼の気持ちを受け止めながら、俺は彼の瞳をまっすぐ見つめた。着ぐるみを通してではなく、自分の目で。


「だから俺、決めました。リーアと一緒に、ナタリアより先に、魔王を……イデオンを倒す。この着ぐるみを血で染めてでも、あいつに『魔王を倒した者』の称号は渡さない。その為なら人間だって辞めてやります」


 そう宣言する俺の頭上には、狼の三角耳が揺れている。身体が馴染めば狼への変身も出来るようになるだろうし、魔狼転身のスキルもあるから、もう人間なんてとっくに辞めているようなものだけれど。

 と、両肩に強い衝撃が走った。何事かとそちらを向けば、地を這う熊ストリチアンテオルゾの面々が俺の肩を叩き、腕を回していた。


「よーしよく言った!」

「ジュリオ坊、お前なら出来る!」

「クソワガママなナタリアのやつを全力で見返してやれ!」


 そのまま俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくる彼らに、俺はされるがままだ。

 リーアも一緒になって俺の腰に手をまわして身体をすり寄せてくる。

 もみくちゃにされる俺を見て、ルチアーノは満足そうにうなずきながら、俺のことを見つめていた。


「いいね。母さんも、こういう子が人間側にいると知ったら、きっと喜ぶだろう……」


 その言葉が、町を見下ろすオルネラ山から吹き下ろす風に乗って、夜空に溶けていった。

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