第8話 着ぐるみ士、魔狼王と卓を囲む
ルチアーノ、と呼ばれていた狼耳狼尻尾の男性は、運ばれてきた新しいエールを手にしながら俺の顔を一目見るなり、大きく目を見開いた。そのままの勢いでイレネオの肩を叩き、そっと耳打ちする。
「イレネオ君、ちょっと」
「はいよ、旦那」
そのまま俺とリーアに背を向けて、エール片手に内緒話。ひそひそと言葉を交わし合う二人にこちらも背を向けるようにして、俺は麦茶をくぴくぴ飲むリーアに声をかけた。
「あの、リーア。ちょっと聞いてもいいか」
「なにー?」
きょとんとした表情で首をかしげるリーア。そんな彼女に、俺は親指で後方を指しながら口を開いた。指の先にいるのは、もちろん、ルチアーノである。
「この
そもそもからして何かが悉くおかしいのだ。
フェンリルは魔物である。
それが、人化転身のスキルまで使って、人里に降りてきて、冒険者ギルドの酒場で酒を飲んで、冒険者と親しく会話しているという。
神獣という生き物が規格外なのは元々の話だが、それにしたって規格外が過ぎる。オルニの町に溶け込み過ぎていないか。いいのかそれで。
しかしそのフェンリルの娘であり、本人も人化転身して町に遊びに来ているリーアは、父親の行動をおかしいとは思わないらしい。
「パパ、人間の作るお酒が好きで、よく人化して町の酒場に飲みに行くのよ。ギルドの酒場はお気に入りなんだって」
「はー……そりゃあ……」
その発言に、思わずテーブルにもたれかかる俺だ。
先程ギルドのスタッフが話していた「フェンリルも満足する云々」は、リーアではなく、ルチアーノを指していたというわけだ。看板に偽りなし、本物の
南クザーロ郡に入ったあたりから、「オルニの町は神獣に守られている」とか「オルニの酒場ではフェンリルと酒が飲める」とか噂を聞いていて、ナタリアどころか俺自身もしょせん噂と高をくくっていたのだが、事実だったとは。
衝撃に打ちのめされて脱力する俺を、ルチアーノがリーアと同じ、ブルーの瞳で見下ろしてくる。
「へえ。つまりこの青年は、かの『天剣の勇者』の仲間だった冒険者で、今夜まさに勇者から捨てられたと」
「そういうことらしい。で、リーアちゃんに拾われたんだとさ」
「拾われた……まあ、間違ってはいないですけれど」
ルチアーノの言葉に頷いたイレネオが、俺の頭をぽんぽん叩いた。俺はされるがままだ。
俺とイレネオの言葉に頷いて、ジョッキに口をつけたルチアーノが、そのジョッキを俺の傍にとん、と置いた。
「なるほどなるほどー。じゃあ青年、もう一つ聞かせてくれるかい」
「は、はい」
明確に俺を指名しての言葉に、俺は僅かに身を起こす。と、俺の顔を覗き込むようにしながら、ルチアーノはぐいと顔を寄せて口を開いた。
「君は一体全体、どんな手口を使って私のリーアから力を
その、穏やかな口調ながら
かすめ取ったとは、穏やかではない。そんなことは断じてしていない、リーアから差し出されたと言うならともかくだが。
「か……かすめ取った、って」
「見ればわかるさ、リーアのステータスが
困惑する俺に、淡々とした声色でルチアーノが告げてきた。
そんなに下がっているのか、リーアのステータス。俺のステータスの補正値が文字通り人外なのは、自分で確認したしギルドの記録にも残っているとはいえ。
思わずリーアに視線を投げかけると、ちょうど彼女が自分のステータスを表示させて、こちらに見せているところだった。
その内容が、こうだ。
=====
リーア(
年齢:3
種族:
性別:女
レベル:143
スキル:
魔獣語4、竜語4、魔族語4、魔獣親和5、精霊親和5、神霊親和5、格闘術10、炎魔法7、風魔法10、大地魔法7、光魔法7、魔狼王の威厳、魔王の血脈(獣)、獣爪、獣牙、人化転身、魔狼転身、魔物鑑定1、道具収納2
=====
俺と、一緒になってステータスを覗き込んでいたイレネオは、思わず互いに顔を見合わせた。
いやいや、これで凡庸って。
人外と評された俺と同等だ。しかもステータスの補正値が小さいから、素の状態でほとんどこれだ。
世の中の
「ええ……」
「まあ、旦那は軒並み五桁なリーアちゃんのステータスを見てたから、凡庸に見えるかもしれませんけどね」
もはや二の句が継げない俺。イレネオも何と言ったらいいのか、複雑そうな表情だ。
確かに俺に力を七割渡す前のステータスが普通だったルチアーノからしてみたら、絶望もするだろう。しかし何と言うか、基準が違い過ぎて恐ろしい。さすが
「リーアは私の子供たちの中でも最強の子だったんだ! 女の子でなければ間違いなく
わっと泣き始めて顔を両手で覆うルチアーノに、イレネオがそっと肩を叩いて声をかけた。
そのやり取りだけ見ていると気が置けない友人をなぐさめる姿だが、その実冒険者と神獣のやり取りである。異質だ。
「いやぁ旦那、リーアちゃんのこのステータスと、ジュリオの着ぐるみの力があれば、冒険者として大成することも難しくないでしょうや。なあジュリオ?」
「え、あ、えっと……そうですね」
気軽な調子で水を向けてくるイレネオに、思わず口をつけたエールを吹きそうになりながら俺は答えた。
口元を手で拭って、エールを飲み込んでから、俺は改めてルチアーノを見つめる。
「お父さん……その、リーアは俺が、責任持って面倒見ます。だからその、しばらく預からせていただけないでしょうか」
「ぶっふ」
「ふふっ」
俺の言葉に、噴き出す音が二つ。隣のイレネオと、目の前のルチアーノだ。
途端にかーっと顔が熱を持つ俺に、リーアがちょんちょんとわき腹をつついてくる。
「ねーねージュリオ、今のってあれ? 『ぷろぽーず』ってやつ?」
「ばっ、違うぞ!?」
「はっはっは、そう取られてもしょうがない言い方だったよなぁ!」
慌てて否定する俺に、イレネオが磊落に笑って。
わいわいと騒ぎ始める俺達を見ながら、ルチアーノは苦笑を隠すことなくジョッキのエールを飲み干した。そしてテーブルに肘を付きながら彼は言う。
「そうだな……じゃあ一つ、任せられるかの確認のためにテストをさせてくれるかい」
「て、テスト、ですか」
その言葉に、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。神獣からのテスト、一体どんな無理難題を言われるのか。気が気ではなくて、手元のエールがずいぶん薄味に感じた。
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