第2話 着ぐるみ士、狼と出会う

「はぁ……」


 岩に腰掛けたままうなだれて、もう何度目かもわからないため息をついていると。

 俺の目の前に暗い影が落ちた。同時に、山の土を踏む、太く毛むくじゃらな前脚も見える。


「着ぐるみさん、どうしたの?」

「わっ!?」


 魔獣語まじゅうごで俺に声をかけてきたその生き物は、見上げるほどに大きな狼だった。

 魔狼だ。声色から察するにメスだろう、身体の大きさの割に年も若そうだ。

 俺の着ぐるみには、魔獣語会話のスキルが高ランクで付いている。だから魔獣系モンスターとの会話は苦も無く行えるのだ。別で持っているレッドドラゴンの着ぐるみに着替えれば、ドラゴンの話す竜語も分かる。

 そんなものだから俺は、狼の呼びかけに何でもないように言葉を返した。


「……びっくりした、魔狼ウルフか。なんだよ」

「なんだとはなによ、こんな夜の山の中で、一人ぽつんとしょぼくれてて、心配したのに」


 俺のぶっきらぼうな物言いに、狼はぷくーっと尻尾を膨らます。

 どうやら俺が意気消沈しているのを見て、心配して声をかけてくれたらしい。

 魔物に心配される冒険者というのもなかなかに笑えてくるが、孤独な俺にとってはとてもありがたかった。


「ああ……ちょっと、仲間ともめて」

「仲間って、あの傲慢ごうまんちきなメスの勇者さま?」


 俺の発した言葉に首を傾げながら、そのブルーの瞳を見開く狼の発した「メスの勇者さま」という言葉に、俺は顔を上げた。


「なんでそれを知ってるんだ?」

「なんでって……着ぐるみさん、今朝から山のあちこちで暴れまわってた勇者さまの仲間でしょ。あたし、見てたから」


 率直な俺の問いかけに、狼が尻尾をふさりと揺らしながら答える。

 「白き天剣ビアンカスパーダ」は今日の朝から晩まで、このオルネラ山のモンスターを倒して回っていた。戦闘する姿を、この山に生きるモンスターが見ていないはずはない。


「そうか……この山に住んでるモンスターなら、そうだよな」

「うん。最初はうるさいなーと思ってたけど、山の乱暴者ばかり狙って攻撃してるのが分かったから、パパもあたしも何も言わなかったけどね」


 そう話しながら、狼は俺の腰掛ける岩の隣に、ゆっくりと腰を下ろした。大きな顔が近づいてくるが、それでも着ぐるみを着た俺の頭より高いところにある。

 こんな巨大な魔狼、ひとたび牙を剥かれたら確実に一巻の終わりだろうが、不思議と俺は開けっぴろげに、魔狼へと愚痴をこぼしていた。


「『敵対しないモンスターは放置しろ』が冒険者ギルドの方針だからな……はぁ、でもなるべく早く山を下りて、ギルドに行かないと」

「そうなの? というかそもそも、着ぐるみさんはなんでこんなところで一人なの?」


 俺のこぼしたギルド、という単語に、狼の耳がピンと立った。不思議そうな顔で俺を見下ろす彼女に、俺は下から見上げながら事実を話す。


「クビにされたんだよ。邪魔だからって……あいつ、俺を客寄せの白黒熊としか見ていなかった」

「えっ、ひどーい」


 個体数が少なくて珍しく、温厚な性格でよく見世物小屋の客引きに使われる白黒熊を引き合いに出せば、魔狼は大きな口をあんぐり開きながら、ここにはいない天剣の勇者に文句を垂れた。

 魔物にこう反応されるのは何とも意外だが、並みの人間でもきっと同じ言葉を言うだろう。

 俺のネコ着ぐるみにすり、と頬を寄せながら、狼がふと、目を細める。


着ぐるみ士キグルミストさんたちってすごいのにね、魔獣語も竜語も話せるし、熱いところも寒いところも平気なんでしょ?」

「そう。どんな環境でも着ぐるみを纏っていれば戦える、それが着ぐるみ士キグルミストってものさ。決して見た目だけのネタジョブじゃないのに……ちゃんと強いのに……」


 自分の着ぐるみに身体を寄せて気持ちよさそうにする狼に、着ぐるみの手でそっと手を添えながら、しょんぼりと言葉を発する。こういう時に本物のアイシクルキティのように、耳や尻尾で感情表現できたらよかったのだけど、仕方ない。

 俺の手にそっと身体を寄せながら、狼は元々とがり気味な口をさらにとがらせる。


「ねー。それに珍しいからって仲間に入れて、いざ自分より人気が出てきそうだからってさよなら、はひどくない? 人間ってそんなに薄情な生き物なの?」

「なー……でも、他の奴らはちゃんと、俺を気遣って円満に離脱できるようにしてくれたから……人間全部がそんな薄情だとは思いたくない……」


 俺の頭を見下ろしながら話す狼に、ますます意気消沈しながら俺は言葉を返した。

 実際、ナタリアのような薄情者ばかりというわけではない。イバンも、レティシアも、ベニアミンも、俺のことを気遣ってパーティーを離れやすいようにしてくれた。ナタリアが、特別薄情なだけだ。

 そう、なんとか好意的にとらえようとする俺に、狼が再びすり、と身を寄せてきた。野生の狼のはずなのに、なんだろう、この人懐っこさは。


「そっかー。ま、もう忘れちゃおうよ、そんな権威だけあってどうしようもないメスなんて」

「忘れられればいいんだけどなー……なまじパーティー組んでた時期が長かったから、すぐには忘れられそうにないよ」


 ナタリアをばっさり切って捨てる狼の顔を撫でながら、俺はアイシクルキティの頭の中で苦笑した。

 実際、そうすぐには忘れられないだろう。世界に名の知られたS級パーティーだ。

 俺の力ない言葉に、狼は励ますように明るい表情を見せた。


「じゃ、あたしが仲間になったげる。新しい仲間がいれば、前の仲間なんてじきに忘れられるでしょ?」

「それは……有難いけど。魔物がどうするつもりだ? 俺は調教士テイマーの資格は持ってないぞ」


 突然の申し出に、俺は困惑した。

 新しい仲間とパーティーを組むのは、心機一転やりなおすという意味でも確かに有効だ。しかし、申し出てくれる当の本人が、狼ではギルド職員も困るだろう。

 魔物を連れて冒険者をするには、調教士テイマーの資格を持っていなくてはならない。しかし、俺には無い。魔獣語スキルを持っているから、いつかは取りたいと思っているけど。

 しかし狼は気にした風でもない。こてんを首を傾げながら、俺に微笑みかけた。


「大丈夫。あたしが着ぐるみさんに力をあげればいいの。それにあたし、人化転身じんかてんしんのスキル持ちだから、町に出ても大丈夫よ」

「あ、なるほどな……だが、いいのか? お前、この山で暮らしてるんだろう、多分だけど親と一緒に」


 そう言いながら、ぱっと狼の耳と尻尾を持つ銀髪の少女の姿に変わる狼。

 人間らしい姿に化ける、人化転身のスキルだ。たまにこのスキルを持っていて、町に遊びに来る魔物はいる。きっと彼女もそうなのだろう。

 人化出来るなら話は変わる。冒険者登録もスムーズにいくはずだ。俺に力を与えてそれを着ぐるみ化すれば、ギルドへの説明も通りやすい。

 とはいえ冒険者になって、俺の仲間になるということは、このオルネラ山から離れるということだ。いいのだろうか、と心配する俺に、彼女はゆるゆると首を左右に振る。


「いいの、ママから最近『お前もそろそろ独り立ちしなきゃね』って言われてたところだったし」

「なるほど……にしても人化転身持ちとか、何者だ、お前?」


 トントン拍子に話が進んで、嬉しい反面、ちょっと彼女の出自が気にかかる。

 あれだけ大きな身体の狼で、しかも人化転身持ち。人間に敵対的でないとはいえ、ただの狼とはとても思えなくて。

 しかし彼女は簡素なワンピースの裾をはためかせ、くるりと一回転しながら朗らかに笑った。


「リーアって呼んで。何のことは無い、ただの大きな狼よ。あなたは?」

「ジュリオだ。A級冒険者の着ぐるみ士キグルミスト、ジュリオ・ビアジーニ。よろしく、リーア」


 リーアと名乗った彼女に、俺も軽く自己紹介する。もう「『白き天剣ビアンカスパーダ』の一員」とは名乗れないが、未練もそうそう無い。

 果たして、お互いのことを知り合ったところで、リーアが俺のもふもふな手を握る。


「よろしくねジュリオ。じゃ、山を下りて町に行きましょ。着ぐるみ作らないとだし、ギルドに行かないとなんでしょ」

「ちょ、親に説明はしなくていいのか!?」

「大丈夫、ママはこういうの慣れっこだから」


 こうして俺はリーアに手を引かれて、オルネラ山を下山してオルニの町に向かうことになった。

 予想外の同行者が出来て困惑しながらも、尻尾を振り振り先導するリーアに、何となくホッとするものを感じる俺だった。

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